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東京地方裁判所 昭和60年(ワ)6473号 判決

(甲事件)

原告

A

亡B1訴訟承継人

B2

亡B1訴訟承継人

B3

亡B1訴訟承継人

B4

C

右五名訴訟代理人弁護士

保持清

葉山水樹

高山征治郎

村山芳郎

川端和治

永野貫太郎

長谷川幸雄

戸塚悦朗

尾崎純理

佐藤博史

喜田村洋一

前田裕司

栗山れい子

小島啓達

黒田純吉

大谷恭子

内藤隆

山崎惠

安田好弘

千葉景子

藤村耕造

森田明

秋山洋

竹岡八重子

鬼束忠則

小川原優之

被告

石川文之進

右訴訟代理人弁護士

高田治

櫻井清

被告

医療法人報徳会(社団)

右代表者理事

平畑富次郎

右訴訟代理人弁護士

荒木和男

近藤良紹

釜萢正孝

早野貴文

被告

宇都宮市

右代表者市長

増山道保

右訴訟代理人弁護士

大木市郎治

被告

栃木県

右代表者知事

渡辺文雄

右訴訟代理人弁護士

谷田容一

右指定代理人

大武秋雄

外二名

被告

右代表者法務大臣

後藤田正晴

右訴訟代理人弁護士

大森勇一

右指定代理人

開山憲一

外八名

(乙事件)

原告

D1

右訴訟代理人弁護士

葉山水樹

永野貫太郎

戸塚悦朗

内藤隆

山崎惠

竹岡八重子

鬼束忠則

小川原優之

被告

石川文之進

右訴訟代理人弁護士

高田治

櫻井清

被告

医療法人報徳会(社団)

右代表者理事

平畑富次郎

右訴訟代理人弁護士

荒木和男

近藤良紹

釜萢正孝

早野貴文

被告

亡石川裕郎訴訟承継人

石川正子

亡石川裕郎訴訟承継人

石川邦文

亡石川裕郎訴訟承継人

石川俊郎

亡石川裕郎訴訟承継人

石川秋十

亡石川裕郎訴訟承継人

石川くみ子

右五名訴訟代理人弁護士

栗栖康年

被告

栃木県

右代表者知事

渡辺文雄

右訴訟代理人弁護士

谷田容一

右指定代理人

大武秋雄

外二名

被告

右代表者法務大臣

後藤田正晴

右訴訟代理人弁護士

大森勇一

右指定代理人

開山憲一

外一〇名

主文

一  被告石川文之進、同医療法人報徳会(社団)及び同宇都宮市は、各自、甲事件原告Aに対し、金二七五万円及び内金二五〇万円に対する昭和五九年九月二五日から、内金二五万円に対する昭和六〇年六月二五日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  甲事件原告Aの被告石川文之進、同医療法人報徳会(社団)及び同宇都宮市に対するその余の請求並びに被告栃木県及び同国に対する請求をいずれも棄却する。

三  被告石川文之進及び同医療法人報徳会(社団)は、各自、甲事件原告B2に対し、金三〇万円及び内金二五万円に対する昭和五八年八月一七日から、内金五万円に対する昭和六〇年六月二五日から各支払済みまで年五分の割合による金員を、甲事件原告B3及び同B4のそれぞれに対し、金一五万円及び内金一二万五〇〇〇円に対する昭和五八年八月一七日から、内金二万五〇〇〇円に対する昭和六〇年六月二五日から各支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

四  甲事件原告B2、同B3及び同B4の被告石川文之進及び同医療法人報徳会(社団)に対するその余の請求並びに被告宇都宮市、同栃木県及び同国に対する請求をいずれも棄却する。

五  被告石川文之進及び同医療法人報徳会(社団)は、各自、甲事件原告Cに対し、金三三〇万円及び内金三〇〇万円に対する昭和五九年九月一五日から、内金三〇万円に対する昭和六〇年六月二五日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

六  甲事件原告Cの被告石川文之進及び同医療法人報徳会(社団)に対するその余の請求並びに被告栃木県及び同国に対する請求をいずれも棄却する。

七  乙事件原告の請求をいずれも棄却する。

八  訴訟費用は、甲事件について生じた費用はこれを一〇分し、その六を原告らの負担とし、その三を被告石川文之進及び医療法人報徳会(社団)の負担とし、その余を被告宇都宮市の負担とし、乙事件について生じた費用は乙事件原告の負担とする。

九  この判決は、第一項、第三項及び第五項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  甲事件

1  請求の趣旨

(一) 被告らは、各自、原告Aに対し、金一一〇〇万円及び内金一〇〇〇万円に対する昭和五七年一二月二日から、内金一〇〇万円に対する昭和六〇年六月二五日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(二) 被告らは、各自、原告B2に対しては、金一六五万円及び内金一五〇万円に対する昭和五八年二月一六日から、内金一五万円に対する昭和六〇年六月二五日から各支払済みまで年五分の割合による金員を、同B3及び同B4に対しては、それぞれ金八二万五〇〇〇円及び内金七五万円に対する昭和五八年二月一六日から、内金七万五〇〇〇円に対する昭和六〇年六月二五日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(三) 被告医療法人報徳会(社団)、同石川文之進、同栃木県及び同国は、各自、原告Cに対し、金一一〇〇万円及び内金一〇〇〇万円に対する昭和四六年八月一〇日から、内金一〇〇万円に対する昭和六〇年六月二五日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(四) 訴訟費用は、被告らの負担とする。

(五) 仮執行宣言

2  請求の趣旨に対する答弁

(被告石川文之進)

(一) 原告らの請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は、原告らの負担とする。

(被告医療法人報徳会(社団))

(一) 原告らの請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は、原告らの負担とする。

(被告宇都宮市)

(一) 原告A並びに原告B2、同B3及び同B4の請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は、原告A並びに原告B、同B3及び同B4の負担とする。

(被告栃木県)

(一) 原告らの請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は、原告らの負担とする。

(被告国)

(一) 原告らの請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は、原告らの負担とする。

(三) 仮執行免脱宣言

二  乙事件

1  請求の趣旨

(一) 被告石川文之進、同医療法人報徳会(社団)、同栃木県及び同国は、各自、原告に対し、金一一〇〇万円及びこれに対する昭和六一年一月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)(1) 被告石川正子は、原告に対し、金五五〇円及びこれに対する昭和六一年一月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(2) 被告石川邦文、同石川俊郎、同石川秋十及び同石川くみ子は、原告に対し、それぞれ各金一三七万五〇〇〇円及びこれに対する昭和六一年一月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(三) 訴訟費用は、被告らの負担とする。

(四) 仮執行宣言

2  請求の趣旨に対する答弁

(被告国を除く被告ら)

(一) 原告の請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は、原告の負担とする。

(被告国)

(一) 原告の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は、原告の負担とする。

(三) 仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

一  甲事件

1  請求原因

(一) 原告A

(1) 入退院の経緯

① 原告A(以下「原告A」という。)は、昭和五六年一二月一日から同五七年一二月二日まで、被告宇都宮市が管理運営する養護老人ホーム「ちとせ寮」(以下「ちとせ寮」という。)に入寮して生活していた。

② 原告Aは、昭和五七年一二月二日、被告医療法人報徳会(社団)(以下「被告報徳会」という。)の経営する精神病院である宇都宮病院(以下「宇都宮病院」という。)の職員らによって、ちとせ寮から同病院に連行された上、同病院において入院を要するものとされ、精神衛生法(昭和二五年法律第一二三号。同六二年法律第九八号による改正前のもの。以下「衛生法」という。)三三条の規定により、原告Aの保護義務者(衛生法二〇条、二一条)である被告宇都宮市の市長の同意があるものとして、同日以降、宇都宮病院に入院した。

③ 原告Aは、昭和五九年八月二日、被告栃木県の知事が衛生法三七条一項に基づいて行った実地審査により、入院不要と判定され、同年九月一五日、宇都宮病院を退院した。

(2) 被告石川文之進(以下「被告文之進」という。)の責任

① 入院前の身体拘束の違法

衛生法三三条によれば、精神障害者で、医療及び保護のため入院の必要があると認められ、保護義務者による同意がある者については、本人の同意がなくても入院させ得るとされている(以下、同条による入院を「同意入院」という。)が、原告Aは、そもそも医師による診断を受ける前に身体の拘束を受けており、右拘束は同条の予定しない違法な拘束である。

② 同意入院の違法

原告Aの同意入院は、以下の点で衛生法三三条の規定する同意入院の要件を欠き、違法である。

イ 精神障害の不存在

原告Aは、昭和五七年一二月二日当時、何ら精神疾患を有しておらず、衛生法三三条に定める医療および保護の必要性が存在しなかったものであるから、原告Aの前記入院は、同条の規定する同意入院の実質的な要件を欠き、違法である。

ロ 病院管理者による診断の欠如

同条に定める入院時の診断及び入院の必要性の判断は、病院管理者によって行われる必要性があると解すべきところ、宇都宮病院における診断及び入院の必要性の判断は、勤務医に過ぎない一瀬日帝(以下「一瀬医師」という。)によって行われ、病院管理者である被告文之進による診断は入院後の昭和五七年一二月一三日まで行われていないから、原告Aの前記入院は、同条の規定する手続的な要件を欠き、違法である。

ハ 適法な同意の不存在

原告Aの入院の際、保護義務者である宇都宮市長の同意は全くなかったか、口頭による同意があったのみで、いずれにしても衛生法三三条に定める適法な同意は存在しなかった。その後、昭和五九年七月二六日ころ、宇都宮市長は、日付を遡らせた同意書を作成し、同年八月二日、これを同市健康課に提出して原告Aの入院に同意を与えたが、その際、原告Aに同意入院の要件が存在するか否かについて何ら調査・確認することなく漫然と同意を与えたものであるから、宇都宮市長による右同意は、衛生法三三条の予定する適法な同意ということはできず、したがって、原告Aの前記入院は、同条の規定する手続的な要件を欠き、違法である。

③ 被告文之進は、原告Aの入院当時、宇都宮病院の医師であり、かつ、医療法一〇条に基づく同病院の管理者であったから、患者を衛生法三三条の規定により同意入院させるにあたっては、精神的疾患及び入院の必要性の有無につき、自ら直接に症状を診断するか、他の医師に診察させた上で自ら医学的根拠に基づいて判断すべき注意義務並びに保護義務者による適法な同意の有無について調査すべき注意義務を負っていた。

しかるに、被告文之進は、原告Aを宇都宮病院に入院させるに際し、自ら原告Aを診断することもその精神的疾患及び入院の必要性について医学的根拠に基づき判断することもせず、また、保護義務者の存否及び適法な同意の有無を確認することなく、原告Aに対し、故意又は過失により、同意入院を強制したものであるから、原告Aが前記の違法な入院によって被った損害に対して賠償すべき責任を負う。

④ 被告文之進は、昭和五九年八月二日、栃木県知事の実地審査によって原告Aが入院不要と判定された後も、同人を退院させるための積極的な措置を講じなかったものであるから、遅くとも同日以降の原告Aの拘禁による損害について、故意による賠償責任を負う。

(3) 被告報徳会の責任

① 右(2)①イないしハと同じ。

② 民法七〇九条に基づく責任

イ 被告報徳会は、精神科を主とする病院を経営するものとして、精神医療のもつ人権侵害の危険性に留意し、違法な拘禁が行われることのないよう注意すべき義務があるにもかかわらず、これを怠り、許可ベッド数を超える患者を入院させたり、医療法施行令(昭和二三年政令第三二六号)の定める基準をはるかに下回る医師・看護婦しか勤務させておらず、入院患者に対して十分な診察・治療を行わないまま長期間拘禁を続けるなどの違法状態を作出・容認し続け、その結果、原告Aの違法な拘禁がもたらされたものであるから、原告Aが前記の違法な入院によって被った損害に対して、故意又は過失による賠償責任を負う。

ロ 被告報徳会は、昭和五九年八月二日、栃木県知事の実地審査によって原告Aが入院不要と判定された後も、同人を退院させるための積極的な措置を講じなかったものであるから、遅くとも同日以降の原告Aの拘禁による損害について、故意による賠償責任を負う。

③ 医療法六八条、民法四四条一項に基づく責任

被告文之進は、被告報徳会の理事として、宇都宮病院を管理運営するにあたり、原告Aを同病院に違法に同意入院させたものであるから、被告報徳会は、医療法六八条、民法四四条一項に基づき、右違法な入院によって原告Aが被った損害を賠償する責任がある。

(4) 被告宇都宮市の責任

① 宇都宮市長の行為による責任

イ 原告Aの入院の際、保護義務者である宇都宮市長は、原告Aの入院について口頭で同意を与え、書面を作成しなかった。その後、昭和五九年七月二六日ころ、宇都宮市長は、日付を遡らせた同意書を作成し、同年八月二日、これを同市健康課に提出して同意を与えた。

ロ 市長が保護義務者として入院に同意を与えるに際しては、適宜の方法により、同意の対象となる者の保護義務者の存否、精神症状の程度、強制入院の要否などを調査・確認した上で同意すべき注意義務があるにもかかわらず、宇都宮市長は、原告Aの入院について口頭の同意を与える際、又は、入院後に同意を与えるに際し、何ら右のような調査を尽くすことなく、漫然と同意を与えた結果、原告Aの違法な拘禁がもたらされた。

ハ したがって、被告宇都宮市は、国家賠償法一条一項、三条一項に基づき、宇都宮市長が同市の代表機関として行った違法な同意により原告Aが被った損害を賠償する責任を負う。

② ちとせ寮管理者の行為による責任

イ 原告Aの入院当時ちとせ寮の管理者であった吉澤健治(以下「吉澤寮長」という。)は、原告Aがいまだ医師の診断を受けておらず、拘束が違法であることを知りながらあえて、昭和五七年一二月二日、宇都宮病院の職員をして原告Aを同病院に連行させた。さらに、吉澤寮長は、精神障害を口実に原告Aをちとせ寮から退寮させることを企て、原告Aについて衛生法三三条の要件が充足されていないことを認識しながらあえて、原告Aを違法に宇都宮病院に入院させた。

ロ 宇都宮市長は、ちとせ寮の管理・運営に関し、吉澤寮長を指揮監督すべき地位にあったにもかかわらず、これを怠り、吉澤寮長の管理方法を放置した結果、原告Aの違法な拘禁がもたらされた。

ハ 吉澤寮長は、被告宇都宮市の公務員として、宇都宮市長の指揮の下で、被告国の機関委任事務であるちとせ寮の管理・運営に携わっていたものであり、また、被告宇都宮市は、老人福祉法二一条に基づき、ちとせ寮の管理・運営に要する費用並びに宇都宮市長及び吉澤寮長の給与を負担していた。

ニ したがって、吉澤寮長及び宇都宮市長がちとせ寮の管理・運営にあたって原告Aを保護すべき義務を怠り、原告Aの身体の自由を侵害したことについて、被告宇都宮市は、吉澤寮長の選任・監督にかかる責任として国家賠償法一条一項に基づき、又は、機関委任事務であるちとせ寮の管理・運営に要する費用及び同事務の実施者の給与の負担者として同法三条一項に基づき、吉澤寮長の右行為によって原告Aに生じた損害を賠償すべき責任を負う。

(5) 被告栃木県の責任

被告栃木県は、県の公権力の行使にあたる公務員の左記の各違法行為により原告Aが被った損害について、国家賠償法一条一項に基づき、賠償すべき責任を負う。

① 精神病院に対する監督・是正についての県知事の責任

宇都宮病院においては、従前から、許可ベッド数を大幅に上回る患者を入院させる反面、医師・看護婦の数は基準を満たしておらず、また、無資格の病院職員にエックス線検査及び注射・点滴等の診療補助行為を行わせるなど、長期間にわたって大規模な違法状態が継続しており、栃木県知事は、医療法二五条に基づく各年度の医療監視によって、右のような違法状態を認識していた。

したがって、栃木県知事は、遅くとも昭和五七年一二月ころまでには、被告報徳会に対し、医療法二八条に基づき病院管理者の変更を命じるか、同法六四条に基づき業務の全部又は一部の停止を命じ、あるいは、同法六六条に基づき被告報徳会の設立を取り消すべき義務を負っていた。しかるに、栃木県知事は、医療監視の都度形式的な是正勧告を出すに止めてこれらの権限の行使を怠り、その結果、原告Aの違法な拘禁を発生・継続させた。

② 違法な拘禁の防止についての県知事の責任

県知事は、医療監視等の諸権限を行使することによって入院者・入院形式等を把握することができ、他方、衛生法三六条は、精神病院管理者に対し、同意入院者の住所・氏名・病名・症状等を保護義務者の同意書を添えて県知事に届け出ることを義務づけているから、県知事としては、これらを把握することによって、同意入院の要件を欠く違法な拘禁の存否、届出のない同意入院者の存否等を調査すべき義務を負っており、更に、衛生法三七条により、あらゆる情報を踏まえて同意入院者の拘禁に疑義が生じた場合には、精神衛生鑑定医の診察を求め、入院継続不要との鑑定が出された場合にはその者の退院を命じるなどして違法な拘禁からの救済を図るべき義務を負っている。

栃木県知事が右の諸権限を適正に行使していたならば、原告Aの同意入院がその要件を欠き違法であることを容易に発見し得たにもかかわらず、同知事はこれを怠り、その結果、原告Aの違法な拘禁を発生・継続させた。

③ 違法な拘禁からの解放についての県知事の責任

原告Aは、衛生法三七条による実地審査の結果、継続入院が不要となったのであるから、栃木県知事としては、直ちに同条に定める退院命令を発すべきであったにもかかわらず、これを怠り、原告Aの拘禁を更に継続させた。

(6) 被告国の責任

被告国は、国の公権力の行使にあたる公務員の左記の各違法行為により原告Aが被った損害について、国家賠償法一条一項に基づき、賠償する責任を負う。

① 厚生大臣の権限不行使に基づく責任

医療の指導・監督(厚生省設置法五条一四号)、医療機関の経営・管理に関する調査・指導(同条三四号)、医師の身分・義務についての指導・監督(同条三五号)等が厚生省の所掌事務とされていることに加え、医療監視(医療法二五条)、医師の免許付与・取消(医師法二条、七条)及び医師に対する医療上の指示(同法二四条の二)等が厚生大臣の権限とされていることからすれば、厚生大臣は、精神医療制度の実情と問題点を把握し、是正を要する場合には、各地方公共団体に対して改善を指導・監督・命令するなどして精神病院の適正な管理・運営及び精神障害者らの人権を保障すべき具体的義務を負っているというべきである。

そして、厚生大臣は、宇都宮病院の管理者である被告文之進から栃木県知事を通じて、医療法施行規則一三条に則り、毎月又は毎年、同病院の病床数・入院者数・医師及び看護職員数等の報告を受けており、同病院が医療法などの諸基準をはるかに下回る劣悪な状態にあることを知り、又は、知り得べきであったから、厚生大臣としては、遅くとも昭和五七年一二月ころまでには、右の諸権限を適切に行使することによって同病院の違法な状態を是正すべき義務を負っていたにもかかわらず、何ら実効性のある措置をとることなく違法状態を放置し、その結果、原告Aの違法な拘禁が発生した。

② 立法不作為に基づく責任

イ 憲法上の立法義務違反

衛生法三三条は、本人の意に反して身体の自由を剥奪する同意入院の制度を定めており、国会議員としては、右のような人権侵害の危険性の高い立法を行う場合には、同時に、憲法に規定する適正手続(憲法三一条)、通信の自由(同法二一条二項)、面会の自由(同法一三条)、告知を受ける権利(同法三四条)、弁護人依頼権(同法三四条)及び裁判を受ける権利(同法三二条)を保障するための規定を整備することが、右各条項により明白に義務づけられているものというべきである。

しかるに、昭和二五年の衛生法の立法に際しても、また、昭和四五年ころから精神病院における人権侵害が社会問題化するに至っても、国会議員は、憲法上の前記諸規定の存在を知りながら、これらの諸権利を保障するための立法を行わずに放置し、その結果、原告Aの違法な拘禁が発生した。

ロ 条約上の立法義務違反

「市民的及び政治的権利に関する国際規約」(国際人権B規約。昭和五四年八月四日条約第七号。以下「人権規約」という。)九条一項は、恣意的拘禁を禁止しており、精神障害を理由とする拘禁については、強制的拘禁を正当とするような種類又は程度の精神障害の存在が客観的医学的専門意見に基づいて確証されることが最低の要件とされるところ、衛生法三三条による同意入院に際しては、病院管理者以外の医師による判定が要求されておらず、客観的医学的専門意見との要件を欠く。また、同条四項は、衛生法上の措置入院・同意入院患者にあたる者について、裁判所において自動的に一定間隔又は合理的間隔で拘禁の合法性を争いうる手続を採る権利を保障しているところ、同意入院患者に対して右のような手続上の権利は保障されていない。

被告国は、人権規約二条二項により、同規約に定める権利を実現するために必要な立法措置をとる条約上の義務を負っているにもかかわらず、国会議員は、同規約の批准に際しても、その後も、右の諸規定の存在を知りながら、前記の各権利を実現するための立法を行わず、その結果、原告Aの違法な拘禁が発生した。

③ ちとせ寮管理者の行為による責任

イ 原告Aの入院当時ちとせ寮の管理者であった吉澤寮長は、原告Aの言動や飲酒行為がちとせ寮の秩序を乱すものと考えて、精神障害を口実に原告Aをちとせ寮から退寮させることを企て、原告Aが医師の診断を受けておらず、同意入院の要件が存しないことを知りながらあえて、昭和五七年一二月二日、宇都宮病院の職員をして右原告Aを同病院に連行させ、入院させた。

ロ 宇都宮市長は、ちとせ寮の管理・運営に関し、吉澤寮長を指揮監督すべき地位にあったにもかかわらず、これを怠り、吉澤寮長の管理方法を放置した結果、原告Aの違法な拘禁がもたらされた。

ハ 吉澤寮長は、宇都宮市長の指揮の下で、被告国の機関委任事務であるちとせ寮の管理・運営に携わっていたものである。

ニ したがって、吉澤寮長及び宇都宮市長がちとせ寮の管理・運営にあたって原告Aを保護すべき義務を怠り、原告Aの身体の自由を侵害したことについて、被告国は、国家賠償法一条一項に基づき、原告Aに生じた損害を賠償すべき責任を負う。

(7) 原告Aの損害

① 原告Aが前記のような違法拘禁によって被った精神的苦痛を金銭的に評価すれば、金一〇〇〇万円を下らない。

② 本件と相当因果関係にある弁護士報酬としては、金一〇〇万円が相当である。

(8) よって、原告Aは、被告ら各自に対し、不法行為に基づく損害賠償として金一一〇〇万円及び内金一〇〇〇万円に対しては本件不法行為成立の日である昭和五七年一二月二日から、内金一〇〇万円に対しては、本件不法行為成立の後で本訴状送達の日の翌日である昭和六〇年六月二五日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による金員の支払を求める。

(二) 原告B2、同B3及び同B4

(1) 入退院の経緯

① 亡B1(以下「亡B1」という。)は、昭和五六年三月ころから同五八年二月一六日まで、ちとせ寮に入寮して生活していた。

② 亡B1は、昭和五八年二月一六日、宇都宮病院の職員らによって、ちとせ寮から同病院に連行された上、同病院において入院を要するものとされ、亡B1の長男である原告B3(以下「B3」という。)を保護義務者としてその同意による入院の形式をとって、同日以降、宇都宮病院に入院した。

③ 亡B1は、昭和五八年八月一七日、自ら宇都宮病院を離院した。

(2) 被告文之進の責任

① 入院前の身体拘束の違法

亡B1は、そもそも医師による診断を受ける前に身体を拘束されており、右拘束は、衛生法三三条の規定によらない違法な拘束である。

② 同意入院の違法

亡B1の前記入院は、以下の点で衛生法三三条の規定する同意入院の要件を欠き、違法である。

イ 精神障害の不存在

亡B1は、昭和五八年二月一六日当時、何ら精神疾患を有しておらず、衛生法三三条に定める医療および保護の必要性が存在しなかったものであるから、亡B1の前記入院は、同条の規定する同意入院の実質的な要件を欠き、違法である。

ロ 病院管理者による診断の欠如

同条に定める入院時の診断及び入院の必要性の判断は、病院管理者によって行われる必要性があると解すべきところ、宇都宮病院における亡B1の診断及び入院の必要性の判断は、勤務医に過ぎない平畑富次郎(以下「平畑医師」という。)によって行われ、病院管理者である被告文之進は一切これに関与していないから、亡B1の前記入院は、同条の規定する手続的な要件を欠き、違法である。

ハ 適法な同意の不存在

亡B1の入院の際、同人には妻と二人の子供がおり、同意を与えたとされるB3は、扶養義務者の一人であったが、衛生法二〇条二項四号に定める保護義務を行うべき者の選任を受けていなかったものであり、また、B3名義の同意書は、同人の真意に基づくものではないから、亡B1の前記入院は、同条の定める手続的な要件を欠き、違法である。

③ 被告文之進は、亡B1の入院当時、宇都宮病院の医師であり、かつ、医療法一〇条に基づく同病院の管理者であったから、患者を衛生法三三条の規定により同意入院させるにあたっては、精神的疾患及び入院の必要性の有無につき、自ら直接に症状を診断するか、他の医師に診察させた上で自ら医学的根拠に基づいて判断すべき注意義務並びに保護義務者による適法な同意の有無について調査すべき注意義務を負っていた。

しかるに、被告文之進は、亡B1を宇都宮病院に入院させるに際し、自ら亡B1を診断することもその精神的疾患及び入院の必要性について医学的根拠に基づき判断することもせず、また、保護義務者の存否及び適法な同意の有無を確認することなく、亡B1に対し、同意入院を強制したものであるから、亡B1が前記の違法な入院によって被った損害に対して、故意又は過失による賠償責任を負う。

(3) 被告報徳会の責任

① 右(2)①イないしハと同じ。

② 民法七〇九条に基づく責任

被告報徳会は、精神科を主とする病院を経営するものとして、精神医療のもつ人権侵害の危険性に留意し、違法な拘禁が行われることのないよう注意すべき義務があるにもかかわらず、これを怠り、許可ベッド数を超える患者を入院させたり、医療法施行令(昭和二三年政令第三二六号)の定める基準をはるかに下回る医師・看護婦しか勤務させておらず、入院患者に対して十分な診察・治療を行わないまま長期間拘禁を続けるなどの違法状態を作出し、これを容認し続け、その結果、亡B1の違法な拘禁がもたらされたものであるから、亡B1が前記の違法な入院によって被った損害に対して、故意又は過失による賠償責任を負う。

③ 医療法六八条、民法四四条一項に基づく責任

被告文之進は、被告報徳会の理事として、宇都宮病院を管理運営するにあたり、亡B1を同病院に違法に同意入院させたものであるから、被告報徳会は、医療法六八条、民法四四条一項に基づき、右違法な入院によって亡B1が被った損害を賠償する責任がある。

(4) 被告宇都宮市の責任(ちとせ寮管理者の行為による責任)

① 亡B1の入院当時ちとせ寮の管理者であった吉澤寮長は、亡B1がいまだ医師の診断を受けておらず、入院前の身体の拘束が違法であることを認識しながらあえて、昭和五八年二月一六日、宇都宮病院の職員をして亡B1を同病院に連行させた。さらに、吉澤寮長は、精神障害を口実に亡B1をちとせ寮から退寮させることを企て、衛生法三三条の規定する要件を充足していないことを認識しながらあえて、同日以降亡B1を宇都宮病院に入院させた。

② 宇都宮市長は、ちとせ寮の管理・運営に関し、吉澤寮長を指揮監督すべき地位にあったにもかかわらず、これを怠り、吉澤寮長の管理方法を放置した結果、亡B1の違法な拘禁がもたらされた。

③ 吉澤寮長は、被告宇都宮市の公務員として、宇都宮市長の指揮の下で、被告国の機関委任事務であるちとせ寮の管理・運営に携わっていたものであり、また、被告宇都宮市は、老人福祉法二一条に基づき、ちとせ寮の管理・運営に要する費用並びに宇都宮市長及び吉澤寮長の給与を負担していた。

④ したがって、吉澤寮長及び宇都宮市長がちとせ寮の管理・運営にあたって亡B1を保護すべき義務を怠り、亡B1の身体の自由を侵害したことについて、被告宇都宮市は、吉澤寮長の選任・監督に係る責任として国家賠償法一条一項に基づき、又は、機関委任事務であるちとせ寮の管理・運営に要する費用及び同事務の実施者の給与の負担者として同法三条一項に基づき、吉澤寮長の右行為によって原告ら両名に生じた損害を賠償すべき責任を負う。

(5) 被告栃木県の責任

被告栃木県は、国家賠償法一条一項に基づき、県の公権力の行使にあたる公務員の左記の各違法行為により亡B1が被った損害を賠償すべき責任を負う。

① 県知事の権限不行使に基づく責任

(一)(5)①と同じ。

② 違法な拘禁の防止についての県知事の責任

(一)(5)②と同じ。

(6) 被告国の責任

被告国は、国家賠償法一条一項に基づき、国の公権力の行使にあたる公務員の左記の各違法行為により亡B1が被った損害を賠償すべき責任を負う。

① 厚生大臣の権限不行使に基づく責任

(一)(6)①と同じ。

② 立法不作為に基づく責任

イ 憲法上の立法義務違反

(一)(6)②イと同じ。

ロ 条約上の立法義務違反

(一)(6)②ロと同じ。

③ ちとせ寮管理者の行為による責任

イ (一)(6)③イと同じ。

ロ (一)(6)③ロと同じ。

ハ (一)(6)③ハと同じ。

ニ (一)(6)③ニと同じ。

(7) 亡B1の損害及び原告B2ら相続

① 亡B1が前記のような違法拘禁によって被った精神的苦痛を金銭的に評価すれば、金三〇〇万円を下らない。

② 本件と相当因果関係にある弁護士報酬としては、金三〇万円が相当である。

③ 亡B1は、昭和六〇年八月三〇日に死亡した。原告B2(以下「原告B2」という。)は、亡B1の妻であり、原告B3及び同B4(以下「原告B4」という。)は、いずれも亡B1の子である。

(8) よって、不法行為に基づく損害賠償として、原告B2は、被告ら各自に対し、金一六五万円及び内金一五〇万円に対しては本件不法行為成立の日である昭和五八年二月一六日から、内金一五万円に対しては、本件不法行為成立の後で本訴状送達の日の翌日である昭和六〇年六月二五日から、同B3及び同B4は、被告ら各自に対し、それぞれ金八二万五〇〇〇円及び内金七五万円に対しては本件不法行為成立の日である昭和五八年二月一六日から、内金七万五〇〇〇円に対しては、本件不法行為成立の後で本訴状送達の日の翌日である昭和六〇年六月二五日から、各支払済みまで民法所定の年五分の割合による金員の支払を求める。

(三) 原告C

(1) 入退院の経緯

① 原告Cは、昭和四六年ころ、黄胆に罹病し、体調が不調であったため、同年八月一〇日、宇都宮病院に赴いたところ、同病院の医師により、入院を要するものとされ、同日以降、同意入院の形式をとって、同病院に入院した。

② 原告Cは、昭和五九年八月三日、栃木県知事の実地審査により、医療不要と判定され、同年九月一五日、同病院を退院した。

(2) 被告文之進の責任

① 原告Cの前記入院は、以下の点で衛生法三三条の規定する要件を欠き、違法である。

イ 精神障害の不存在

原告Cは、昭和四六年八月一〇日当時、何ら精神疾患を有しておらず、衛生法三三条に定める医療および保護の必要性が存在しなかったものであるから、原告Cの前記入院は、同条の規定する同意入院の実質的な要件を欠き、違法である。

ロ 病院管理者による診断の欠如

同条に定める入院時の診断及び入院の必要性の判断は、病院管理者によって行われる必要性があると解すべきところ、原告Cに対する宇都宮病院における診断及び入院の必要性の判断には、病院管理者である被告文之進は一切関与していないから、原告Cの前記入院は、同条の規定する手続的な要件を欠き、違法である。

ハ 原告Cの入院に際し、保護義務者による同意はなかったから、原告Cの前記入院は、同条の定める手続的な要件を欠き、違法である。

② 原告文之進は、原告Cの入院当時、宇都宮病院の医師であり、かつ、医療法一〇条に基づく同病院の管理者であったから、患者を衛生法三三条の規定により同意入院させるにあたっては、精神的疾患及び入院の必要性の有無につき、自ら直接に症状を診断するか、他の医師に診察させた上で自ら医学的根拠に基づいて判断すべき注意義務並びに保護義務者による適法な同意の有無について調査すべき注意義務を負っていた。

③ 被告文之進は、原告Cを宇都宮病院に入院させるに際し、自ら原告Cを診断することもその精神的疾患及び入院の必要性について医学的根拠に基づき判断することもせず、また、保護義務者の存否及び適法な同意の有無を確認することなく、原告Cに対し、同意入院を強制したものであるから、原告Cが前記の違法な入院によって被った損害に対して、故意又は過失による賠償責任を負う。

(3) 被告報徳会の責任

① 右(2)①イないしハと同じ。

② 民法七〇九条に基づく責任

イ 被告報徳会は、精神科を主とする病院を経営するものとして、精神医療のもつ人権侵害の危険性に留意し、違法な拘禁が行われることのないよう注意すべき義務があるにもかかわらず、これを怠り、許可ベッド数を超える患者を入院させたり、医療法施行令(昭和二三年政令第三二六号)の定める基準をはるかに下回る医師・看護婦しか勤務させておらず、入院患者に対して十分な診察・治療を行わないまま長期間拘禁を続けるなどの違法状態を作出・容認し続け、その結果、原告Cの違法な拘禁がもたらされたものであるから、被告報徳会は、原告Cが前記の違法な入院によって被った損害に対して、故意又は過失による賠償責任を負う。

ロ 被告報徳会は、昭和五九年八月三日、栃木県知事の実地審査によって原告Cが入院不要と判定された後も、同人を退院させるための積極的な措置を講じなかったものであるから、遅くとも同日以降の原告Cの拘禁による損害について、故意による賠償責任を負う。

③ 医療法六八条、民法四四条一項に基づく責任

被告文之進は、被告報徳会の理事として、宇都宮病院を管理運営するにあたり、原告Cを同病院に違法に同意入院させたものであるから、被告報徳会は、医療法六八条、民法四四条一項に基づき、右違法な入院によって原告Cが被った損害を賠償する責任がある。

(4) 被告栃木県の責任

被告栃木県は、県の公権力の行使にあたる公務員の左記の各違法行為により原告Cが被った損害について、国家賠償法一条一項に基づき、賠償する責任を負う。

① 県知事の権限不行使に基づく責任

(一)(5)①と同じ。

② 違法な拘禁の防止についての県知事の責任

(一)(5)②と同じ。

③ 違法な拘禁からの解放についての県知事の責任

(一)(5)③と同じ。

(5) 被告国の責任

被告国は、国の公権力の行使にあたる公務員の左記の各違法行為により原告Cが被った損害について、国家賠償法一条一項に基づき、賠償する責任を負う。

① 厚生大臣の権限不行使に基づく責任

(一)(6)①と同じ。

② 立法不作為に基づく責任

イ 憲法上の立法義務違反

(一)(6)②イと同じ。

ロ 条約上の立法義務違反

(一)(6)②ロと同じ。

(6) 原告Cの損害

① 原告Cが前記のような違法拘禁によって被った精神的苦痛を金銭的に評価すれば、金一〇〇〇万円を下らない。

② 本件と相当因果関係にある弁護士報酬としては、金一〇〇万円が相当である。

(7) よって、原告Cは、被告ら各自に対し、不法行為に基づく損害賠償として金一一〇〇万円及び内金一〇〇〇万円に対しては本件不法行為成立の日である昭和四六年八月一〇日から、内金一〇〇万円に対しては、本件不法行為成立の後で本訴状送達の日の翌日である昭和六〇年六月二五日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合にまる金員の支払を求める。

2  請求原因に対する認否等

(被告石川文之進)

(一) 請求原因(一)(原告A)に対する認否等

(1)① 請求原因(一)(1)(入退院の経緯)①の事実は、認める。

② 同②の事実のうち、原告Aが強制的に宇都宮病院に連行されたことは否認し、その余は認める。宇都宮病院の職員三名がちとせ寮を訪れ、原告Aに対し、同病院で入院の要否につき医師の診察を受けるよう伝えたところ、原告Aは、既に寮職員から説明を受けていたらしく、直ちに了承して同行に応じたものである。

③ 同③の事実は、認める。

(2)① 請求原因(一)(2)(被告文之進の責任)①は、否認ないし争う。

②イ 同②イは、否認ないし争う。

ロ 同②ロのうち、原告Aの入院時の診断を行ったのが一瀬医師であることは認め、その余は否認ないし争う。宇都宮病院への同行は、精神障害の疑いのある者に対して医師がなす診察行為に付随するものであり、この時点では入院関係は成立していないばかりか、そもそも、原告Aは、納得して同行に応じたものであるから、診断以前に身体の拘束があったとの主張は失当である。また、衛生法三三条に定める入院時の診断を病院管理者自身が行うべきものと解する根拠はない。

ハ 同②ハは、否認ないし争う。

③ 請求原因(一)(2)③のうち、原告らの入院当時、被告文之進が宇都宮病院の医師であり、かつ、同病院の管理者であったことは認め、その余は否認ないし争う。

④ 請求原因(一)(2)④のうち、原告主張のころ、原告Aが実地審査によって入院不要と判定されたことは認め、その余は否認ないし争う。宇都宮病院としては、右実地審査の結果に鑑み、原告Aを退院させるべくその引取先を探したがなかなかみつからず、ようやく身元引受の申出があったことから、昭和五九年九月一五日になって、退院手続きをとったものである。

(二) 請求原因(二)(原告B2、同B3及び同B4)に対する認否等

(1)① 請求原因(二)(1)(入退院の経緯)①の事実は、認める。

② 同②の事実のうち、亡B1が強制的に宇都宮病院に連行されたことは否認し、その余は認める。宇都宮病院から職員三名がちとせ寮を訪問して、亡B1に対し、同病院で診察を受けるよう求めたところ、亡B1が一方的に暴行を振るってきたため、それを制止して車に乗せたものであり、同病院の職員らが亡B1に暴行を加えた事実はない。

③ 同③の事実は、認める。

(2)① 請求原因(二)(2)(被告文之進の責任)①は、否認ないし争う。

②イ 同②イは、否認ないし争う。

ロ 同②ロのうち、亡B1の入院時の診断を行ったのが平畑医師であることは認め、その余は否認ないし争う。宇都宮病院への同行は、精神障害の疑いのある者に対して医師がなす診察行為に付随するものであり、この時点では入院関係は成立していないばかりか、そもそも、亡B1の同病院への同行は身体の拘束に当たらない。また、衛生法三三条に定める入院時の診断を病院管理者自身が行うべきものと解する根拠はない。

ハ 同②ハのうち、亡B1には妻と二人の子供がいたこと及びB3が保護義務を行うべき者として法定の手続きによる選任を受けていなかったことは不知。その余は否認ないし争う。

③ 請求原因(二)(2)③のうち、原告らの入院当時、被告文之進が宇都宮病院の医師であり、かつ、同病院の管理者であったことは認め、その余は否認ないし争う。

(3)① 請求原因(二)(7)①及び②(亡B1の損害)は否認ないし争う。

② 同③(原告B2らによる相続)の事実は明らかに争わない。

(三) 請求原因(三)(原告C)に対する認否等

(1)① 請求原因(三)(1)(入退院の経緯)①の事実のうち、原告Cの入院が衛生法三三条に定める同意入院であったことは否認し、その余は認める。原告Cは、昭和四六年ころ、アルコール中毒症兼精神病質者であるとともに強度の肝臓障害を患っており、精神科治療のみならず緊急の内科治療の必要があったため、横浜市中区福祉事務所の紹介を受けて宇都宮病院に来院し、その意思に基づいて同病院に入院したものである。もっとも、入院にあたっては、通例に従い、保護義務者である横浜市中区長の同意を得ていた。

② 同②の事実は、認める。

(2)①イ 請求原因(三)(2)(被告文之進の責任)①イは、否認ないし争う。

原告Cは、アルコール中毒症兼精神病質者であった。

ロ 同①ロは、否認ないし争う。宇都宮病院の職員が原告Cを同病院に同行した時点ではいまだ入院関係は成立していない。

ハ 同①ハは、否認ないし争う。横浜市中区長による同意を得ていた。

② 請求原因(三)(2)②のうち、原告らの入院当時、被告文之進が宇都宮病院の医師であり、かつ、同病院の管理者であったことは認め、その余は否認ないし争う。

③ 請求原因(三)(2)③のうち、原告C主張のころ、原告Cが実地審査によって入院不要、と判定されたことは認め、その余は否認ないし争う。宇都宮病院としては、右実地審査の結果に鑑み、原告Cを退院させるべくその引取先を探したがなかなかみつからず、ようやく身元引受の申出があったことから、昭和五九年九月一五日になって、退院手続きをとったものである。

(被告報徳会)

(一) 請求原因(一)(原告A)に対する認否等

(1)① 請求原因(一)(1)(入退院の経緯)①の事実は、認める。

② 同②の事実のうち、原告Aが強制的に宇都宮病院に連行されたことは否認し、その余は認める。宇都宮病院の職員三名がちとせ寮を訪れ、原告Aに対し、同病院で入院の要否につき医師の診察を受けるよう伝えたところ、原告Aは、既に寮職員から説明を受けていたらしく、直ちに了承して同行に応じたものである。

③ 同③の事実は、認める。

(2)①イ 請求原因(一)(3)(被告報徳会の責任)①イは、否認ないし争う。原告Aは、アルコール中毒症兼精神病質者であって、衛生法三三条に規定する「精神障害者」に該当した。診断にあたった医師は、原告Aのちとせ寮内での行状(飲酒・迷惑行為・暴行・再三にわたる規律違反等)、身体所見(顔色・心音亢進・手指震え・肝臓疾患)に加え、発揚情性、意思薄弱性、生活歴(本籍地不明・両親同胞不明・職業歴・放浪癖・駅ホームでの野宿生活)、虚言癖等の諸事情を勘案して、右のように判断したものである。

ロ 同ロのうち、原告Aの入院時の診断を行ったのが一瀬医師であることは認め、その余は否認ないし争う。宇都宮病院への同行は、精神障害の疑いのある者に対して医師がなす診察行為に付随するものであり、この時点では入院関係は成立していないばかりか、そもそも、原告Aは、納得して同行に応じたものであるから、診断以前に身体の拘束があったとの主張は失当である。また、衛生法三三条に定める入院時の診断を病院管理者自身が行うべきものと解する根拠はない。

ハ 同ハは、否認ないし争う。

②イ 請求原因(一)(3)②(民法七〇九条に基づく責任)イは、否認ないし争う。

ロ 同ロのうち、原告A主張のころ、原告Aが栃木県知事の実地審査によって入院不要と判定されたことは認め、その余は否認ないし争う。宇都宮病院としては、右実地審査の結果に鑑み、原告Aを退院させるべくその引取先を探したがなかなかみつからず、ようやく身元引受の申出があったことから、昭和五九年九月一五日になって、退院手続きをとったものである。

③ 請求原因(一)(3)③(医療法六八条、民法四四条一項に基づく責任)のうち、被告文之進が被告報徳会の理事として原告Aを宇都宮病院に入院させたことは認め、その余は争う。

(二) 請求原因(二)(原告B2、同B3及び同B4)に対する認否等

(1)① 請求原因(二)(1)(入退院の経緯)①の事実は、認める。

② 同②の事実のうち、亡B1が強制的に宇都宮病院に連行されたことは否認し、その余は認める。宇都宮病院から職員三名がちとせ寮を訪問して、亡B1に対し、同病院で診察を受けるよう求めたところ、亡B1が一方的に暴行を振るってきたため、それを制止して車に乗せたものであり、同病院の職員らが亡B1に暴行を加えた事実はない。

③ 同③の事実は、認める。

(2)①イ 請求原因(二)(3)(被告報徳会の責任)①イは、否認ないし争う。

亡B1は、慢性アルコール中毒兼精神病質者であって、衛生法三三条所定の「精神障害者」に該当した。

ロ 同ロのうち、亡B1の入院時の診断を行ったのが平畑医師であることは認め、その余は否認ないし争う。宇都宮病院への同行は、精神障害の疑いのある者に対して医師がなす診察行為に付随するものであり、この時点では入院関係は成立していないばかりか、そもそも、亡B1の同病院への同行は身体の拘束にあたらない。また、衛生法三三条に定める入院時の診断を病院管理者自身が行わなければならないと解すべき根拠はない。

ハ 同ハのうち、亡B1には妻と二人の子供がいたこと及びB3が保護義務者として法定の手続きによる選任を受けていなかったことは不知。その余は否認ないし争う。

② 請求原因(二)(3)②(民法七〇九条に基づく責任)は、否認ないし争う。

③ 請求原因(二)(3)③(医療法六八条、民法四四条一項に基づく責任)のうち、被告文之進が被告報徳会の理事として亡B1を宇都宮病院に入院させたことは認め、その余は争う。

(3)① 請求原因(二)(7)①及び②(亡B1の損害)は否認ないし争う。

② 同③(原告B2らによる相続)の事実は、明らかに争わない。

(三) 請求原因(三)(原告C)に対する認否等

(1)① 請求原因(三)(1)(入退院の経緯)①の事実のうち、原告Cの入院が衛生法三三条所定の同意入院であったことは否認し、その余は認める。原告Cは、昭和四六年ころ、アルコール中毒症兼精神病質者であるとともに強度の肝臓障害を患っており、精神科治療のみならず緊急の内科治療の必要があったため、横浜市中区福祉事務所の紹介を受けて宇都宮病院に来院し、その意思に基づいて同病院に入院したものである。もっとも、入院にあたっては、通例に従い、保護義務者である横浜市中区長の同意を得て、同意入院の手続きも行った。

② 同②の事実は、認める。

(2)①イ 請求原因(三)(3)(被告報徳会の責任)①イは、否認ないし争う。

原告Cは、アルコール中毒症兼精神病質者であった。

ロ 同ロは否認ないし争う。原告Cが宇都宮病院へ到着した時点ではいまだ入院関係は成立しておらず、この段階での身柄の拘束はない。

ハ 同ハは、否認ないし争う。横浜市中区長による同意を得ていた。

②イ 請求原因(三)(3)②(民法七〇九条に基づく責任)イは、否認ないし争う。

ロ 同ロのうち、原告C主張のころ、原告Cが実地審査によって入院不要、と判定されたことは認め、その余は否認ないし争う。宇都宮病院としては、右実地審査の結果に鑑み、原告Cを退院させるべくその引取先を探したがなかなかみつからず、ようやく身元引受の申出があったことから、昭和五九年九月一五日になって、退院手続きをとったものである。

③ 請求原因(三)(3)③(医療法六八条、民法四四条一項に基づく責任)のうち、被告文之進が被告報徳会の理事として原告Cを宇都宮病院に入院させたことは認め、その余は争う。

(被告宇都宮市)

(一) 請求原因(一)(原告A)に対する認否等

(1)① 請求原因(一)(1)(入退院の経緯)①の事実は、認める。

② 同②の事実のうち、原告Aが強制的に連行されたことは否認し、その余は認める。

③ 同③の事実のうち、原告Aが昭和五九年九月一五日に退院したことは認め、その余は不知。

(2)①イ 請求原因(一)(4)(被告宇都宮市の責任)①(宇都宮市長の行為による責任)イの事実は認める。

ロ 同ロのうち、市長が保護義務者として入院に同意を与えるに際し、原告A主張のような内容の注意義務があることは認め、その余は否認ないし争う。原告Aの入院当日、吉澤寮長から被告宇都宮市福祉課に対し、宇都宮病院のケースワーカーであった井上(以下「井上ケースワーカー」という。)から、原告Aが酒精中毒症のため入院を要するとの診断がされた旨連絡を受けたとの報告があった。そこで、市長同意について専決権を有していた木村福祉部長は、福祉課長と協議の上、原告Aの入院につき市長同意を与えることに決定し、同日中に、電話で井上ケースワーカーに対し、市長同意を与える旨伝えたものであり、口頭による同意も衛生法三三条の同意として適法である。その後、昭和五九年七月末ころ、宇都宮病院から、衛生法三六条に定められた県知事への届出を行うため必要であるとして同意書の交付を求められたので、これに応じて同意書を作成したのであって、右同意手続きに違法な点はない。

ハ 同ハは争う。

②イ 請求原因(一)(4)②(ちとせ寮管理者の行為による責任)イは、否認ないし争う。

ロ 同ロは、否認ないし争う。

ハ 同ハのうち、吉澤寮長が被告宇都宮市の公務員であること及びちとせ寮の管理・運営が被告国の機関委任事務であることは認める。その余は否認ないし争う。

ニ 同ニは、否認ないし争う。ちとせ寮の管理・運営は、被告国の機関委任事務であるから、被告宇都宮市に国家賠償法一条一項の適用はない。

(二) 請求原因(二)(原告B2、同B3及び同B4)に対する認否等

(1)① 請求原因(二)(1)(入退院の経緯)①の事実は、認める。

② 同②の事実のうち、亡B1が強制的に連行されたことは否認し、その余は認める。

③ 同③の事実は、不知。

(2)① 請求原因(二)(4)(被告宇都宮市の責任)①は、否認ないし争う。

② 同②は、否認ないし争う。

③ 同③のうち、吉澤寮長が被告宇都宮市の公務員であること及びちとせ寮の管理・運営が被告国の機関委任事務であることは認め、その余は否認ないし争う。

④ 同④は、否認ないし争う。ちとせ寮の管理・運営は、被告国の機関委任事務であるから、被告宇都宮市に国家賠償法一条一項の適用はない。

(3)① 請求原因(二)(7)①及び②(亡B1の損害)は否認ないし争う。

② 同③(原告B2らによる相続)の事実は、明らかに争わない。

(被告栃木県)

(一) 請求原因(一)(原告A)に対する認否等

(1)① 請求原因(一)(1)(入退院の経緯)①の事実は、不知。

② 同②の事実は、不知。

③ 同③の事実のうち、原告Aが昭和五九年八月二日栃木県知事の実地審査により入院不要とされたことは認め、その余は不知。

(2)① 請求原因(一)(5)(被告栃木県の責任)①は、否認ないし争う。

② 同②は、否認ないし争う。

③ 同③のうち、原告Aが実地審査の結果入院不要と判定されたこと及び栃木県知事が退院命令を発しなかったことは認め、その余は否認ないし争う。

(二) 請求原因(二)(原告B2、同B3及び同B4)に対する認否等

(1)① 請求原因(二)(1)(入退院の経緯)①は不知。

② 同②のうち、亡B1が昭和五八年二月一六日に宇都宮病院に入院したこと及び右入院の形式が長男B3の同意による同意入院であったことは認め、その余は不知。

③ 同③は不知。

(2)① 請求原因(二)(5)(被告栃木県の責任)①は、否認ないし争う。

② 同②は、否認ないし争う。

(3)① 請求原因(二)(7)①及び②(亡B1の損害)は否認ないし争う。

② 同③(原告B2らによる相続)の事実は、明らかに争わない。

(三) 請求原因(三)(原告C)に対する認否等

(1)① 請求原因(一)(1)(入退院の経緯)①の事実は、不知。

② 同②の事実は、不知。

③ 同③の事実のうち、原告Cが昭和五九年八月三日栃木県知事の実地審査により医療不要とされたことは認め、その余は不知。

(2)① 請求原因(一)(5)(被告栃木県の責任)①は、否認ないし争う。

② 同②は、否認ないし争う。

③ 同③のうち、原告Cが実地審査の結果医療不要と判定されたこと及び栃木県知事が退院命令を発しなかったことは認め、その余は否認ないし争う。

(被告国)

(一) 請求原因(一)(原告A)に対する認否等

(1)① 請求原因(一)(1)(入退院の経緯)①は不知。

② 同②は不知。

③ 同③は不知。

(2)① 請求原因(一)(6)(被告国の責任)①(厚生大臣の権限不行使に基づく責任)のうち、医療法による医療監視の権限を厚生大臣が有すること、厚生省設置法により、医療機関の経営管理に関する調査及び指導に関する事項並びに医師の身分及び業務に対する指導監督が厚生省の所掌事務となっていること、医師法により、医師の免許付与及びその取消、医師に対して医療又は保健指導に関し必要な指示をすること等が厚生大臣の権限とされていること及び医療法施行規則一三条に基づく報告義務を病院管理者が有していることは認め、その余は否認ないし争う。厚生省所掌の前記各事務は、いずれも、行政庁内部における一般的・抽象的な分掌事務として規定されているものであり、個別事案についての具体的な法的作為義務として規定されているものではない。

②イ 請求原因(一)(6)②(立法不作為に基づく責任)イのうち、衛生法三三条が同意入院の制度を定めていること、衛生法が昭和二五年に立法されたこと及び憲法に適正手続等を定めた諸規定が存在することは認め、その余は否認ないし争う。

ロ 同ロのうち、国際人権B規約九条一項において恣意的な拘禁が禁止されていること、同規約九条四項において、「逮捕又は抑留によって自由を奪われた者は、裁判所が合法かどうかを遅滞なく決定すること及びその抑留が合法的でない場合にはその釈放を命ずることができるように、裁判所において手続をとる権利を有する。」と規定されていることは認め、精神障害の存在につき客観的医学的専門意見に基づく確証が最低の要件とされていることは不知、その余は否認ないし争う。

③イ 請求原因(一)(6)③(ちとせ寮管理者の行為による責任)イは否認する。

ロ 同ロは否認ないし争う。

ハ 同ハは否認ないし争う。

ニ 同ニは否認ないし争う。

本件では、原告Aの精神的状況等に鑑み、養護老人ホームでの処遇よりも精神病院に入院させた方がより適当であるとの判断に基づき、医師の判断を仰ぐ等の手続を経た上でちとせ寮から退所させたものであり、老人福祉の向上を図るという老人福祉法の理念に照らして相当な措置であって、違法な点はない。

(二) 請求原因(二)(原告B2、同B3及び同B4)に対する認否等

(1)① 請求原因(二)(1)(入退院の経緯)①は不知。

② 同②は不知。

③ 同③は不知。

(2)① 請求原因(二)(6)(被告国の責任)①は、否認ないし争う。

② 同②は、否認ないし争う。

③イ 請求原因(一)(6)③イは否認する。

ロ 同ロは否認ないし争う。

ハ 同ハは否認ないし争う。

ニ 同ニは否認ないし争う。

本件では、亡B1の精神的状況等に鑑み、養護老人ホームでの処遇よりも精神病院に入院させた方がより適当であるとの判断に基づき、医師の判断を仰ぐ等の手続を経た上でちとせ寮から退所させたものであり、老人福祉の向上を図るという老人福祉法の理念に照らして相当な措置であって、違法な点はない。

(3)① 請求原因(二)(7)①及び②(亡B1の損害)は否認ないし争う。

② 同③(原告B2らによる相続)の事実は、明らかに争わない。

(三) 請求原因(三)(原告C)に対する認否等

(1)① 請求原因(一)(1)(入退院の経緯)①は不知。

② 同②は不知。

③ 同③は不知。

(2)① 請求原因(一)(6)(被告国の責任)①は、否認ないし争う。

② 同②は、否認ないし争う。

③ 同③のうち、原告Cが実地審査の結果医療不要と判定されたこと及び栃木県知事が退院命令を発しなかったことは認め、その余は否認ないし争う。

二  乙事件

1  請求原因

(一) 入退院の経緯及び作業状況

(1) 原告は、昭和四七年四月二五日、警察官から職務質問を受けて宇都宮署に同行したところ、同署内で宇都宮病院の看護職員二名から睡眠薬を注射されて同病院に連行され、同日、同意入院の形式をとって宇都宮病院に入院した。

(2) 原告は、昭和四八年一二月二八日、同病院を退院した。

(3) 原告は、宇都宮病院に入院中の昭和四八年一〇月一日ころ以降、同病院から被告報徳会の系列企業である訴外報徳産業有限会社(以下「報徳産業」という。)に同社の準職員として派遣され、冷凍庫及び屋板農場での作業に従事した。退院の際、報徳産業が原告の身元引受人となり、原告は、報徳産業の社員として、昭和四九年一月一四日まで報徳産業の冷凍庫内での作業に従事した。

(二) 被告文之進の責任

(1)① 原告の前記入院は、以下の点で衛生法三三条の規定する同意入院の要件を欠き、違法である。

イ 精神障害の不存在

原告は、昭和四七年四月二五日当時、何ら精神疾患を有しておらず、衛生法三三条に定める医療および保護の必要性が存在しなかったものであるから、原告の前記入院は、同条の規定する同意入院の実質的な要件を欠き、違法である。

ロ 病院管理者による診断の欠如

同条に定める入院時の診断及び入院の必要性の判断は、病院管理者によって行われる必要性があると解すべきところ、原告は、そもそも診断を受ける以前に身体の拘束を受けており、また、同病院における診断及び入院の必要性の判断は、入院から一週間後の昭和四七年五月一日、勤務医に過ぎない平畑医師によって行われ、病院管理者である被告文之進による診断は行われていないから、原告の前記入院は、同条の規定する手続的な要件を欠き、違法である。

ハ 適法な同意の不存在

原告の入院の際、保護義務者として選任を受けていた原告の母である訴外D2(以下「D2」という。)の同意は存在しておらず、その後も、D2が原告の入院に同意を与えたことはなかったから、原告の前記入院は、同条の規定する手続的な要件を欠き、違法である。

② 被告文之進は、原告の入院当時、宇都宮病院の医師であり、かつ、医療法一〇条に基づく同病院の管理者であったから、患者を衛生法三三条の規定により同意入院させるにあたっては、精神的疾患及び入院の必要性の有無につき、自ら直接に症状を診断するか、他の医師に診断させた上で自ら医学的根拠に基づいて判断すべき注意義務並びに保護義務者による適法な同意の有無について調査すべき注意義務を負っていた。

しかるに、被告文之進は、原告を宇都宮病院に入院させるに際し、自ら原告を診断することもその精神的疾患及び入院の必要性について医学的根拠に基づき判断することもせず、また、保護義務者の存否及び適法な同意の有無を確認することなく、原告に対し、同意入院を強制したものであるから、原告が前記の違法な入院によって被った損害に対して、故意又は過失による賠償責任を負う。

(2)① 原告の入院中の報徳産業における作業は、医療とは無関係にもっぱら営利追及目的で、宇都宮病院の職員らによって報徳産業に派遣され、同社において監禁された上暴力によって強制的に労働に従事させられたものであり、また、退院後の報徳産業における作業も、同社の事務所兼宿舎に拘禁され、その意に反して強制的に労働に従事させられたものである。

② 被告文之進は、原告の入退院当時、宇都宮病院の管理者であったから、入院患者に対して反医療的な待遇が行われることのないよう同病院の職員らを監督すべき注意義務及び患者が退院するに際し、身元引受先で拘禁され、強制労働に使役されることがないよう配慮すべき注意義務があるのにこれらを怠り、その結果、原告が前記①のとおり違法に労働を強制されることとなったものであるから、右違法な労働の強制によって原告が被った損害に対して、故意又は過失による賠償責任を負う。

(三) 亡石川裕郎の責任及び被告石川正子らの相続

(1) 亡石川裕郎「以下「亡裕郎」という。)は、原告が報徳産業で作業していた当時の同社の経営者であり、原告の入院中及び退院後にわたって、前記(二)(2)①記載のとおり、原告を同社の事務所兼宿舎に監禁した上、同社の作業に強制的に従事させた。

(2) 亡裕郎は、右のような労働の強制が原告の身体の自由を侵害する違法なものであることを認識し、又は、認識し得たものであるから、前記の違法な労働の強制によって原告が被った損害を賠償する責任を負う。

(3) 亡裕郎は、昭和六三年七月三一日に死亡した。被告石川正子(以下「被告正子」という。)は亡裕郎の妻であり、被告石川邦文(以下「邦文」という。)、同石川俊郎(以下「被告俊郎」という。)、同石川秋十(以下「被告秋十」という。)及び同石川くみ子(以下「被告くみ子」という。)は、いずれも亡裕郎の子である。

(四) 被告報徳会の責任

(1)① 右(二)(1)①イないしハと同じ。

②イ 民法七〇九条に基づく責任

被告報徳会は、精神科を主とする病院を経営するものとして、精神医療のもつ人権侵害の危険性に留意し、違法な拘禁が行われることのないよう注意すべき義務があるにもかかわらず、これを怠り、許可ベッド数を超える患者を入院させたり、医療法施行令(昭和二三年政令第三二六号)の定める基準をはるかに下回る医師・看護婦しか勤務させておらず、入院患者に対して十分な診察・治療を行わないまま長期間拘禁を続けるなどの違法状態を作出・容認し続け、その結果、原告の違法な拘禁がもたらされたものであるから、原告が前記の違法な入院によって被った損害に対して、故意又は過失による賠償責任を負う。

ロ 医療法六八条、民法四四条一項に基づく責任

被告文之進は、被告報徳会の理事として、宇都宮病院を管理運営するにあたり、原告を同病院に違法に同意入院させたものであるから、被告報徳会は、医療法六八条、民法四四条一項に基づき、右違法な入院によって原告が被った損害を賠償する責任がある。

(2)① 右(二)(2)①と同じ。

②イ 民法七〇九条に基づく責任

被告報徳会は、右(1)②イ記載の注意義務に違反して同項記載のような違法状態を作出・容認し続け、その結果、原告が違法に労働を強制されることとなったものであるから、右違法な労働の強制によって原告が被った損害に対して、故意又は過失による賠償責任を負う。

ロ 医療法六八条、民法四四条一項に基づく責任

被告文之進は、被告報徳会の理事として、宇都宮病院を管理運営するにあたって、故意又は過失により、原告に前記の違法な強制労働を行わせたものであるから、被告報徳会は、医療法六八条、民法四四条一項に基づき、右違法な強制労働によって原告が被った損害を賠償する責任がある。

(五) 被告栃木県の責任

甲事件の請求原因(一)(5)①及び②と同じ。

(六) 被告国の責任

甲事件の請求原因(一)(6)①及び②と同じ。

(七) 原告の損害

(1) 原告が前記のような違法拘禁及び強制労働に従事させられたことによって被った精神的苦痛を金銭的に評価すれば、金一〇〇〇万円を下らない。

(2) 本件と相当因果関係にある弁護士報酬としては、金一〇〇万円が相当である。

(八) よって、原告は、被告文之進、被告報徳会、被告栃木県及び被告国に対し、各自不法行為に基づく損害賠償として金一一〇〇万円及びこれに対する本件不法行為成立の後である昭和六一年一月二三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、被告正子に対し、不法行為に基づく損害賠償として金五五〇万円及びこれに対する本件不法行為成立の後である昭和六一年一月二三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、被告邦文、被告俊郎、被告秋十及び被告くみ子に対し、それぞれ各不法行為に基づく損害賠償として金一三七万五〇〇〇円及びこれに対する本件不法行為成立の後である昭和六一年一月二三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める。

2  請求原因に対する認否

(被告文之進)

(一)(1) 請求原因(一)(入退院の経緯及び作業状況)(1)のうち、昭和四七年四月二五日に原告が宇都宮病院に入院したこと及び入院の形式が同意入院であったことは認め、その余は否認する。

(2) 同(2)は認める。

(3) 同(3)のうち、原告が退院後報徳産業の社員として働いた期間は不知。その余は認める。

(二)(1)①イ 請求原因(二)(被告文之進の責任)(1)①イは否認ないし争う。原告は、昭和四二年ころから、断続的に宇都宮病院精神科で診察治療を受けており、本件入院時には精神分裂病を患っていた。

ロ 同ロは否認ないし争う。

ハ 同ハは否認ないし争う。原告の入院に際しては、保護義務者であるD2による同意があった。

② 請求原因(二)(1)②のうち、原告の入院当時、被告文之進が宇都宮病院の医師であり、同病院の管理者であったことは認め、その余は否認ないし争う。

(2)① 請求原因(二)(2)①は否認する。入院中の報徳産業での作業は、医師の判断に基づき可能かつ適当な範囲で作業療法として実施されたのであって、治療の一環である。原告は、作業療法において好成績をあげており、症状も軽快したため、昭和四八年九月二五日、母親を交えて退院後の原告の生活設計について話し合った結果、報徳産業への就職を決めたものである。

② 同②のうち、原告の入退院当時、被告文之進が宇都宮病院の管理者であったことは認め、その余は否認ないし争う。

(三) 請求原因(七)(原告の損害)(1)及び(2)は争う。

(四) 同(八)は争う。

(被告正子ら)

(一)(1) 請求原因(一)(入退院の経緯及び作業状況)(1)は不知。

(2) 同(2)は認める。

(3) 同(3)のうち、原告が退院後報徳産業の作業に従事したことは認める。原告が入院中同社の作業に従事していたことは、明らかに争わない。

(二)(1) 請求原因(三)(亡裕郎の責任)(1)のうち、亡裕郎が昭和四七年一〇月から同四九年一月一四日まで報徳産業の経営にあたっていたこと及び原告が退院後報徳産業の事務所兼宿所に宿泊していたことがあることは認め、その余は否認する。原告が宇都宮病院を退院するに際し、家族から引受を拒絶されたため、社会復帰の前提として報徳産業が原告の身元を引き受けたものである。

(2) 同(2)は争う。

(3) 同(3)(被告正子らによる相続)の事実は認める。

(三) 請求原因(七)(原告の損害)(1)及び(2)は争う。

(四) 同(八)は争う。

(被告報徳会)

(一)(1) 請求原因(一)(入退院の経緯及び作業状況)(1)のうち、原告が昭和四七年四月二五日に宇都宮病院に入院したこと及び右入院の形式が同意入院であったことは認め、その余は否認する。

(2) 同(2)は認める。

(3) 同(3)のうち、退院後報徳産業での作業に従事していた期間は不知。その余は認める。

(二)(1)①イ 請求原因(四)(被告報徳会の責任)(1)①イは否認ないし争う。

原告は、昭和四二年ころから宇都宮病院精神科で断続的に診察治療を受けており、本件入院当時には、精神分裂病を患っていた。

ロ 同ロは否認ないし争う。原告の入院当日、被告文之進が来院した原告の診察にあたり、従前の診察治療の経緯・同人の訴え・その他の状況に基づいて同人に不眠・興奮・粗暴行為・衝動行為・電波体験・作為体験・錯乱・関係妄想・幻聴等の精神障害を認め、精神分裂病との診断を行うとともに、その治療及び同人の保護の見地から入院が必要と判断したものである。

ハ 同ハは否認する。原告の保護義務者であるD2の同意を得ていた。

②イ 請求原因(四)(1)②イは否認ないし争う。

ロ 同ロのうち、被告文之進が被告報徳会の理事であったことは認め、その余は争う。

(2)① 請求原因(四)(2)①は否認する。原告は、入院中、医師の判断に基づき、治療の一環として報徳産業での作業に従事していた(作業療法)ところ、右作業療法で好成績をあげ、昭和四八年九月二五日、母親も交えての話し合いの結果、退院後は報徳産業に就職することが決まったため、昭和四八年一〇月一日から退院する同年一二月二八日までの間は、同社に派遣されて準職員として作業療法を受けたものである。

②イ 同②イは否認ないし争う。

ロ 同②ロのうち、被告文之進が被告報徳会の理事であったことは認め、その余は争う。

(三) 請求原因(七)(原告の損害)(1)及び(2)は争う。

(四) 同(八)は争う。

(被告栃木県)

(一) 請求原因(一)(入退院の経緯及び作業状況)(1)ないし(3)は、いずれも、不知。

(二) 同(五)(被告栃木県の責任)に対する認否は、甲事件請求原因(一)(5)①及び②に対する認否と同じ。

(三) 同(七)(原告の損害)は不知。

(四) 同(八)は争う。

(被告国)

(一) 請求原因(一)(入退院の経緯及び作業状況)(1)ないし(3)は、いずれも、不知。

(二) 同(六)(被告国の責任)に対する認否は、甲事件請求原因(一)(6)①及び②に対する認否と同じ。

(三) 同(七)(原告の損害)は争う。

(四) 同(八)は争う。

3  抗弁(短期消滅時効)

(被告文之進及び被告報徳会)

(一) 仮に原告主張のような宇都宮病院における違法拘禁及び強制労働の事実があったとしても、原告主張によれば、原告は、昭和四八年一二月二八日には宇都宮病院を退院しており、遅くとも右時点までには損害及び加害者を知ったものというべきであるから、それから三年を経過した昭和五一年一二月二七日をもって原告の損害賠償請求権は時効により消滅した。

(二) 被告らは、右時効を援用する。

(被告正子ら)

(一) 仮に原告主張のような報徳産業における違法拘禁及び強制労働の事実があったとしても、原告主張によれば、原告は、昭和四九年一月一四日には報徳産業を退所したものであるから、遅くとも右時点までには損害及び加害者を知ったものというべきであり、それから三年を経過した昭和五二年一月一三日をもって原告の損害賠償請求権は時効により消滅した。

(二) 被告正子、同邦文、同俊郎、同秋十及び同くみ子は、右時効を援用する。

4  抗弁に対する認否等

いずれも、争う。原告は、入院当時には自己の入院形式が同意入院であること及び保護義務者の同意のない違法な入院であることを認識しておらず、強制労働についても、それが医療の一環として行われていない違法なものであることを認識していなかった。原告は、昭和五九年三月に宇都宮病院における違法入院の実態を新聞報道などで知り、自己の入院の適法性について疑いを抱き、母親であるD2に質したところ、同人から保護義務者の選任を受けたことも同意を与えたこともない旨聞かされ、更に、昭和六〇年八月一二日に宇都宮病院の診療録等を閲覧して初めて、入院の必要性がなかったこと及び適法な入院手続きが行われていなかったこと、したがって宇都宮病院及び報徳産業における拘禁・使役が法的根拠に基づかないものであったことを知ったのであるから、消滅時効の起算点は、昭和六〇年八月一二日であって、いまだ時効は完成していない。

5  再抗弁(消滅時効援用権の濫用)

本件不法行為によって原告が被った被害の程度、被告らの責任の重大性に加え、原告は、報徳産業を脱出後もその所在を宇都宮病院関係者に知られると連れ戻されて暴行を受ける危険性があったのであり、原告において被告らの責任を追求することは現実には期待できない状況にあったことを考慮すれば、被告文之進、同報徳会並びに被告正子、同邦文、同俊郎、同秋十及び同くみ子が本件において消滅時効を援用するのは権利の濫用であって許されないというべきである。

6  再抗弁に対する認否(被告文之進、被告正子ら及び被告報徳会)

争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一甲事件

1  原告Aの入院について

(一)  入退院の経緯について

(1) 請求原因(一)(1)(入退院の経緯)①ないし③のうち、原告Aが昭和五六年一二月一日から同五七年一二月二日までちとせ寮で生活していたこと、同人が昭和五七年一二月二日に宇都宮病院において同意入院を要するものとされ、同日以降同意入院の形式をとって宇都宮病院に入院したこと、同人が昭和五九年九月一五日に宇都宮病院を退院したことの各事実は、原告Aと被告文之進、同報徳会及び同宇都宮市との間では、いずれも各当事者間に争いがなく、原告Aと被告栃木県及び被告国との間では、原告A及び被告文之進の各本人尋問の結果によりこれを認めることができる。

(2) 右(1)の事実に、〈書証番号略〉及び原告A本人尋問の結果(ただし、後記の信用できない部分を除く。)、証人井上美枝子及び同吉澤健治の各証言並びに弁論の全趣旨を総合すれば、原告Aが入院に至った経緯について以下の事実を認めることができる。

① 原告Aは、身寄りがなく、昭和五三年ころから現在のJR宇都宮駅周辺に住みついて生活していたところ、同駅前派出所の巡査から宇都宮市福祉部福祉課に保護依頼が出され、昭和五六年一二月一日(当時六三歳)、被告宇都宮市が管理・運営する養護老人ホームであるちとせ寮に入寮した。入寮に先立って、面接及び健康診断が行われたが、この際、特に異常はみられず、ちとせ寮での生活に充分適応可能と判断された。

② 原告Aのちとせ寮における生活態度は、普段はおとなしく真面目であったが、時折、寮職員らの目を盗んで飲酒するときがあり、その際には、酩酊して大声を出したり、他の入寮者にからんで抱きついたり叩いたりするなどの行動がみられた。原告Aは、酔いがさめると飲酒中の行動を後悔して謝罪し、昭和五七年三月一五日及び同年九月七日の二回にわたって今後一切飲酒しない旨の誓約書を吉澤寮長に提出したものの、その後もやはり月に一、二回程度飲酒しては他人に迷惑をかけ、他の入寮者から吉澤寮長に対して苦情が出された。そのため、同寮長は、同年一一月ころ、当時宇都宮市福祉部福祉課の査察指導員であった訴外海老名(以下「海老名指導員」という。)と相談の上、宇都宮病院に原告Aの診察を依頼し、その結果によっては同人を宇都宮病院に入院させることとして、同月二四日、宇都宮病院の井上ケースワーカーに対し、その旨連絡した。その際、吉澤寮長は、井上ケースワーカーに対し、原告Aの入寮中の行動を記録したケース記録書及び前記の誓約書などを見せて相談した。

③ 井上ケースワーカーは、吉澤寮長からの依頼に応じ、昭和五七年一二月二日の午前中、男性の看護職員二名とともにちとせ寮を訪れ、原告Aに対し、「寮内で飲酒して他の入寮者に迷惑がかかっているときいている。病院で医者の診察を受けることになるが、なんでもなければまたすぐに帰ってこられるから。」と告げた。原告Aは、その直前まで吉澤寮長から何も知らされていなかったため、井上ケースワーカーから右のように告げられて当初は、「誰がそんなことを言ったんですか。どこも悪いところはないから病院に行く必要はありませんよ。」等と言い、同行を渋っていたが、結局、井上ケースワーカーらの説得に応じ、同人の運転する車に同乗して宇都宮病院に行くことに同意した。原告Aは、途中で行き先が精神病院であることに気付いたが、特に興奮したり車内で暴れる等することはなく、そのまま宇都宮病院に到着した。

④ 宇都宮病院に到着後まもなく、同病院の精神科医である一ノ瀬医師が原告Aの診察にあたった。原告Aは、一ノ瀬医師に対し、「私、ちとせ寮で毎月健康診断やっててなんでもないんですから。なんでもないですよ。」と述べたものの、診察には素直に応じた。一ノ瀬医師は、原告Aを寝台の上に寝かせて聴診器をあて、いったん、「よろしい。」と言ったが、原告Aが「何でもないでしょう。帰らせてください。」と言うと、「もう一度診察させてくれ。」と言って再度診察した後、「肝臓が少し腫れている。細かい検査をするので入院する必要がある。」等と告げ、原告Aは、そのまま、同意入院の名の下に同日以降宇都宮病院に入院することとなった。

⑤ 原告Aは、当初、閉鎖病棟(鍵のかかった病棟)である精神科病棟に入れられたが、一〇日間ほどで開放病棟である内科病棟に移され、以後、退院時まで内科病棟に入れられていた。

以上の事実が認められる。原告A本人尋問の結果のうち、右認定に反する部分は、反対趣旨の前掲各証拠に照らし、採用することができず、他に右認定に反する証拠はない。

(二)  精神障害の存否について

(1) 右(一)認定の事実を前提に、原告Aの入院時における精神障害の存否について検討する。

衛生法三条は、同法における精神障害者の定義として、精神病者(中毒性精神病者を含む。)、精神薄弱者及び精神病質者をいうものとしているところ、被告報徳会は、原告Aがアルコール中毒症兼精神病質であった旨主張しており、原告Aの入院中の診療録である〈書証番号略〉には、診断病名として慢性酒精中毒症及び精神病質との記載がある。しかしながら、他方、前記(一)(2)④認定のとおり、宇都宮病院で一ノ瀬医師の診察を受ける際の原告Aの言動には、幻覚妄想・錯覚等はもとより、精神運動の興奮状態等の異常を示す兆候は全くみられず、また、一ノ瀬医師が診察に際して記載した前掲〈書証番号略〉にも、赤ら顔、心音第二音亢進、肝臓一横指触診可能との記載以外には、酒精中毒症に限らず原告Aの精神症状についての記載は一切なく、酒精中毒症又は精神病質との病名ないしその疑いがある等の趣旨の記載もないこと、前掲井上証言によれば、原告Aの入院手続にあたった井上ケースワーカーも原告Aの精神症状・病名については一ノ瀬医師から何も告げられていないことなどの各事実が認められ、これらの事実からすれば、原告Aの入院後に作成された温度表等に記載のある慢性酒精中毒症及び精神病質との各病名は、誰がいつどのような判断根拠に基づいてつけたものか詳らかでなく、したがって、右のような記載があるというだけでは、原告Aが入院当時において衛生法三条にいう精神障害者であったと推認することはできない。かえって、前掲吉澤証言によれば、原告Aは、ちとせ寮においても、飲酒していないときには問題行動あるいは異常な言動等はなく、見当識障害・幻覚・痙攣・手指の振戦等の症状もみられなかったことが認められるのであり、右事実に前示のような宇都宮病院における診察の際の状況を総合すれば、原告Aには、入院当時、アルコール中毒性の精神病ないし精神病質の症状は存在しなかったものと推認される。なお、〈書証番号略〉には、フィンガートレモロ(手指振戦)0(ないしO)との記載があり、その意味するところは必ずしも明らかではないが、前記認定のとおり、ちとせ寮では原告Aに手指の振戦等の症状はみられなかったことからすれば、右記載は、フィンガートレモロが存在しないとの意味に解するのが自然であり、右記載があっても、前記認定を左右するものではない。

この点に関し、被告文之進は、その本人尋問において、原告Aのちとせ寮における行動・入寮以前の経歴等を総合判断してアルコール中毒症兼精神病質と判断したものである旨供述しているけれども、その根拠とするところは、要するに、原告Aが二回にわたり誓約を破って飲酒を続けたこと、入寮以前には住居不定で定職に就いていなかったこと及び戸籍がないまま放置していたということに過ぎず、これらは、いずれも、それ自体から直ちに精神障害者であることを疑わせるに足りる根拠事実とは到底言い得ないものであって、他に、一ノ瀬医師ないし被告文之進が現実に診察した際の原告Aの状態に精神障害者であることをうかがわせる状況が何ら存在しない本件にあっては、右のような事実があるからといって、それらのみで原告Aに中毒性の精神病ないし精神病質が存在したものということはできない。また、被告文之進は、原告Aが入院した後に同人を診察した際、身体・精神の障害を伴う重症のアルコール症(中核アルコール中毒症)の疑いを持った旨供述し、その根拠の一つとして肝臓機能の障害が存在したことを挙げているけれども、〈書証番号略〉によれば、入院の翌日に行った生化学検査では特に肝機能障害を示す結果は出ていないばかりか、前掲吉澤証言及び原告A本人尋問の結果によれば、ちとせ寮入寮中の定期健康診断でも肝臓その他の身体障害の存在が指摘されたことはないことが認められるのであるから、被告文之進の右供述部分は採用することができず、他に、原告Aが精神障害者であったことを認めるに足りる証拠はない。

なお、精神病入院要否意見書と題する書面である〈書証番号略〉には、原告Aに対する診断名として酒精中毒症との記載があるけれども、前掲井上証言によれば、右書面は、原告Aについて生活保護による医療給付を受領する目的で、同人が入院した後である昭和五七年一二月一三日になって作成されたものであることが認められ、やはり、右記載の病名についても、その判断の主体、判断時期、判断根拠等が明らかとはいえないから、〈書証番号略〉をもって原告Aの精神障害を肯認する証拠とするわけにはいかない。

(2) したがって、原告Aの同意入院は、原告Aが衛生法三条の規定する精神障害者であるとの診断に基づいて行われたものではないから、同三三条の要件を満たしておらず、違法であるといわざるを得ない。

(三)  同意手続きについて

(1) 右(一)(1)の事実に、〈書証番号略〉及び前掲井上証言、同吉澤証言(ただし、後記の信用できない部分を除く。)、証人菊池秀夫の証言(ただし、後記の信用できない部分を除く。)並びに弁論の全趣旨によれば、原告Aの入院に対して市長同意が与えられるに至った経緯につき、以下の事実が認められる。

① 原告Aの入院当日である昭和五七年一二月二日午後、井上ケースワーカーは、吉澤寮長及び海老名査察指導員に対し、電話で、医師の診察の結果原告Aの入院が決まった旨連絡したが、その際、同人の病名・症状・判断根拠・入院の見込み期間等については一切告げず、吉澤寮長及び海老名査察指導員のほうからもそれらの点について質問等はされなかった。

② 入院当時、原告Aには身寄りがなく、衛生法二一条にいう「前条第二項各号の保護義務者がないとき」に該当したため、宇都宮市長が原告Aの保護義務者として入院に同意する権限を有していた。そこで、吉澤寮長は、右同日、井上ケースワーカーからの連絡を受けて直ちに、宇都宮市福祉部に電話をかけ、原告Aが医療のため宇都宮病院に入院することとなったので市長同意を与えて欲しい旨伝えた。

③ 昭和五七年一二月当時、宇都宮市では、原告Aのように社会福祉施設から精神病院に入院する者についての市長同意は、実際には、市の福祉部長がその掌にあたる取扱いがなされていた。当時福祉部福祉課福祉係長であった訴外菊池秀夫(以下「菊池」という。)は、吉澤寮長からの電話を受けて直ちに、福祉部長及び福祉課長と協議して原告Aの入院に市長同意を与えることとし、その日のうちに、菊池から井上ケースワーカーに電話でその旨伝えた。右協議に際しては、前記のとおり、吉澤寮長から口頭で医療のため入院が必要であると告げられたのみで、宇都宮病院からも、吉澤寮長からも、原告Aの病名・症状・判断資料・入院の見込期間等については全く知らされておらず、菊池ら福祉部関係者から宇都宮病院ないし吉澤寮長に対して調査・問合せ等することもなかった。

④ 宇都宮市福祉部では、原告Aの入院について市長同意を与えるに際し、電話でその旨連絡したのみで同意書その他の書面を一切作成しなかった。宇都宮病院の側でも、同意入院の際には入院後一〇日以内に同意書を添えて県知事に届け出ることとされていた(衛生法三六条)にもかかわらず、宇都宮市に対して同意書の発行を申請することはなく、したがって、栃木県知事に対する右届出義務も履行されないままになっていたが、昭和五九年七月末ころになって、宇都宮市長は、宇都宮病院からの要請に応じるかたちで日付を昭和五七年一二月二日に遡らせた市長同意書を作成した。

以上の事実が認められる。右①及び③認定の各事実に関し、前掲吉澤証言及び同菊池証言中には、それぞれ井上ケースワーカー又は吉澤寮長からの連絡の際に酒精中毒症との病名を告げられた旨の供述があるが、一ノ瀬医師が原告Aの診察に際して記載した診療録である〈書証番号略〉には酒精中毒症等の病名について何ら記載がないばかりか、前掲原告A本人尋問の結果及び同井上証言によれば、一ノ瀬医師は、原告Aに対してはもとより、井上ケースワーカーに対しても、原告Aの精神症状については一切説明をしておらず、酒精中毒症その他何らの精神病名も口にしていないことが認められるのであるから、井上ケースワーカーが吉澤寮長に連絡をする時点で酒精中毒症との病名が告げられるはずはなく、前掲吉澤証言及び同菊池証言中の右供述部分は、いずれも、信用することができない。

(2) 右(1)認定の事実を前提に、原告Aに対する市長同意の適法性について検討する。

①  衛生法三三条に規定する同意入院は、精神障害のため自ら入院の必要性を適切に判断することが困難な者について、専ら医療及び保護という本人の利益を擁護する見地からその意に反して入院措置を採ることを認めた制度であるが、同条が同意入院に際して保護義務者の同意を要するものとした趣旨は、右同意の手続の過程で精神障害ないし入院の必要性の有無について充分な調査・検討が加えられることにより、病院における診察・判断をより慎重ならしめるとともに、患者の意に反して理由のない入院が強制されるような事態を保護義務者の判断で回避させることにあるものと解される。すなわち、保護義務者による同意は、理由のない入院強制から患者を保護するための重要な手段として、同じく意に反する入院である措置入院について定められた厳格な要件審査の手続に代わる機能を果たすことを法が予定しているものというべきであり、そうであるとすれば、保護義務者が同意入院への同意を与えるにあたっては、当該患者の精神障害の存否及び入院の必要性の有無に関し、診察にあたった医師又は病院管理者(以下「医師等」という。)から病名・症状・判断根拠等について説明を受け、精神障害者であって入院の必要があることについて、保護義務者の立場において独立に判断すべき義務を負っているものと解するのが相当である。

②  本件では、宇都宮病院から吉澤寮長を通じて、原告Aの保護義務者であった宇都宮市長に対して同意を求めてきたものであるが、宇都宮市長は、前記(1)認定のとおり、医師等による説明はおろか原告Aの病名・症状も聞かされておらず、判断資料等も全く提出されないまま、精神障害の存否及び入院の必要性の有無について何ら調査・確認することなく漫然と市長同意を与えたものであって、原告Aの入院に対する宇都宮市長の同意は、原告Aに対する関係でも違法かつ無効な同意であり、右同意に基づいてされた原告Aの同意入院措置もまた違法であるといわざるを得ない。

被告宇都宮市は、医師から説明を受けたとしても市長同意を与えるとの判断は異ならなかったから、本件において同意を与えた措置に違法な点はない旨主張するけれども、法が予定する前示①のような保護義務者による同意の趣旨・機能に鑑みれば、同意を与えるに先立ち医師等の説明、診断書の確認に基づいて調査・検討することに意義があるのであって、このような義務を怠ること自体が原告に対する関係で違法であることは多言を要しないばかりか、本件では、前記(二)判示のとおり、入院当日の原告Aが精神障害者であるとの診断は示されていなかったのであるから、被告宇都宮市の右主張は、採用することができない。

(四)  被告文之進の責任について

原告Aの入院当時、被告文之進が宇都宮病院の管理者であったことは、原告A、被告文之進及び同報徳会の間で争いがない。衛生法三三条は、診察の結果精神障害者と診断された者について、管理者自らの責任において医療および保護の見地から入院させる必要があるかどうかの認定をすることとしており、右認定が積極であればこれにより患者の意に反して本人の自由を拘束することになるのであるから、病院管理者として右認定を行うにあたっては、自ら直接診断を行わないまでも、同条所定の要件すなわち精神障害者であって、入院の必要性があることについて自らの責任において調査を尽くすべき義務を負っているものというべきである。さらに、同条が理由のない入院から患者を保護するための手段として保護義務者による同意を独立の要件として定めた趣旨に鑑みれば、病院管理者が実際に患者を同意入院させるにあたっては、同条が規定する保護義務者による同意の存在及びその適法性について疑義を生ぜしめる事情がないことについても確認すべき注意義務を負っているものと解するのが相当である。

しかるに、被告文之進は、その本人尋問において、被告文之進自身は原告Aの入院の要否の判断に関わっていない旨供述しており、また、原告Aの入院後に精神科医として同人を診察した際にも、前記(二)(1)認定のとおり、原告Aに精神障害の存在を認めるに足りる充分な根拠が存しないにもかかわらず、安易に精神障害者であり同意入院の要件を満たすものと判断して同人の入院を継続したものであり、更に、原告Aの入院に対する市長同意を求めるにあたり、宇都宮市に対して原告Aの病状等についての資料をまったく提供しておらず、したがって市長同意の適法有効性に疑問があることを認識しながら又はこれを看過して原告Aを入院させたものであって、病院管理者としての前記の各注意義務を怠り、その結果、原告Aについて違法な拘束を発生・継続させたものであるから、被告文之進には、これによって原告Aが被った損害を賠償する責任がある。

(五)  被告報徳会の責任について

被告文之進が被告報徳会の理事として宇都宮病院を管理運営するにあたり原告Aを同病院に入院させたものであることは、原告A及び被告報徳会の間で争いがない。

したがって、被告報徳会は、医療法六八条、民法四四条一項に基づき、原告Aが違法な拘束によって被った損害を賠償する責任がある。

(六)  被告宇都宮市の責任について

(1) 宇都宮市長は、前記(三)(2)判示のとおり、原告Aの病名・症状について一切判断資料もないまま、精神障害者であって入院の必要性があることについて何ら調査・確認することなく漫然と同意を与えたものであって、右行為には過失があるというべきである。

(2) 衛生法三三条の規定による入院に対する宇都宮市長の同意に関する事務は、国の機関委任事務として行われるものであるが、被告宇都宮市は、その代表者である市長の給与を負担するものであって国家賠償法三条一項の費用負担者に該当するから、同条に基づき、宇都宮市長が国からの委任に基づく事務としてした違法な同意により原告Aが被った損害を賠償する責任がある。

(七)  原告Aの損害について

(1) 原告Aは、衛生法三三条の規定する精神障害者であることの診断及び保護義務者による適法な同意の各要件を具備していないにもかかわらず、昭和五七年一二月二日から同五九年九月二五日まで違法に拘束され、身体の自由を奪われて損害を被ったものであり、これによる精神的苦痛を慰謝するに足りる賠償額は、金二五〇万円をもって相当とする。

(2) 本件事案の難易度、認容額その他本訴訟に現れた諸般の事情を考慮すると、本件不法行為と相当因果関係のある弁護士費用額としては、金二五万円が相当である。

(八)  被告栃木県の責任について

(1) 原告Aは、栃木県知事は、遅くとも昭和五七年一二月ころまでに、被告報徳会に対して病院管理者の変更を命じるか業務の停止を命じ、あるいは、被告報徳会の設立を取り消すべき義務を負っていた旨主張するので、以下この点について検討する。

医療法に規定された知事の諸権限、すなわち、同法二八条に規定する病院管理者の変更を命じる権限、同法六四条に規定する業務の全部又は一部の停止を命じる権限及び同法六六条に基づく医療法人の設立の認可を取り消す権限等が、いずれも知事の裁量により行使されるべきことは右各条文の規定上明らかであって、これらの処分の選択、その権限行使の時期等は、知事の専門的判断に基づく合理的裁量に委ねられているというべきである。したがって、具体的事情の下において、知事に右監督処分権限が付与された趣旨・目的に照らし、その不行使が著しく不合理と認められるときでない限り、右権限の不行使は、当該医療法人の不正な行為によって損害を被った個々の関係者に対する関係で国家賠償法一条一項の適用上違法の評価を受けることはないものといわなければならない。

これを本件についてみるに、〈書証番号略〉並びに弁論の全趣旨によれば、昭和五四年ころ以降、入院患者に対する常勤医及び看護者の数が四条の六の定める基準を下回っていた外、許可病床数に対して入院患者数が過剰な状態にあり、栃木県知事が各年度毎の医療監視によってこの事実を認識していたことが認められるけれども、他方、〈書証番号略〉によれば、栃木県知事は、その都度不適合事項を指摘した上で改善を促し、宇都宮病院から改善計画書を提出させるなどしていることが認められるばかりか、本件全証拠によるも、栃木県知事は、実地審査を行った昭和五九年八月以前の段階において、宇都宮病院が衛生法三三条の要件を充足しない患者を同意入院させていることを認識していたとは認められず、したがって、栃木県知事が原告Aの同意入院当時ないしそれに接着する時点において右のような違法な同意入院の具体的蓋然性を認識していたことあるいは容易にこれを認識し得たということはできない。そうすると、原告Aが宇都宮病院に入院した昭和五七年一二月ころまでに、栃木県知事において報徳会に対する前記の各監督処分権限の行使をしなかったことが著しく不合理であるということはできないから、右権限の不行使は、国家賠償法一条一項の適用上違法の評価を受けるものではない。

(2)  次に、原告Aは、栃木県知事は、同意入院の要件を欠く違法な拘禁の存否等について調査すべき義務及び同意入院の適法性に疑義が生じた場合には鑑定医の診察を命じるなどすべき義務を負っている旨主張するのでこの点について検討する。衛生法三六条は、病院管理者に対し、同意入院者の氏名・病状等に保護義務者の同意書を添えて県知事に届け出ることを義務づけているが、これをもって直ちに、県知事において積極的に同意入院の要件を欠く違法な入院の存否及び届出のない同意入院者の存否を調査すべき法的義務を負っているものとは到底解することができない。もっとも、右届出の内容その他の情報を踏まえて当該同意入院の違法性を県知事が認識した場合等、一定の事実関係のもとでは、県知事において衛生法三七条に基づき鑑定医による診察を命じる等の権限を行使すべき具体的義務を負うに至る場合があることは否定できないけれども、本件全証拠によるも、栃木県知事において原告Aに対する関係で右のような具体的な注意義務を負っていたとすべき事実関係を認めることはできない。

(3)  さらに、原告Aは、実地審査の結果原告Aについては入院不要と診断されたのであるから栃木県知事は直ちに退院命令を発すべきであった旨主張するけれども、衛生法三七条に規定する県知事による退院命令も、その規定上知事の裁量に属するものであることは明らかであって、右権限の不行使が著しく不合理な場合でなければ国家賠償法一条一項の適用上違法との評価を受けるものではないと解すべきところ、栃木県知事による実地審査は昭和五九年八月二日に行われ、原告Aは、同年九月一五日に宇都宮病院を退院していて、その間、栃木県知事において、退院命令を発するのでなければ同病院が任意に原告Aを退院させることを期待し得ないことを容易に認識しえたとの事情も証拠上認められない本件にあっては、栃木県知事が約一か月半の間退院命令を発せず入院不要との判断を示すにとどめたことが著しく不合理な措置であったとまでいうことはできない。

(4) したがって、栃木県知事の権限不行使が違法であることを前提とする原告Aの主張は、いずれも理由がないものといわなければならない。

(九)  被告国の責任について

(1) 厚生大臣の権限不行使に基づく責任

① 原告Aは、厚生大臣がその諸権限を適切に行使しなかったことが違法であるとし、その根拠の一つとして、厚生省設置法により医療の指導・監督等が厚生省の所掌事務とされていることを挙げるが、同法は行政庁間における一般的・抽象的な事務の所掌関係を規定するにとどまり、これをもって個別的な事案についての具体的な作為義務の根拠とすることはできない。また、原告Aは、医療法二五条による医療監視の権限、医師法二条、七条による医師の免許付与・取消等の権限が厚生大臣に付与されていることをも根拠として、厚生大臣の右各権限不行使による違法を主張するけれども、右各規定は、いずれも、右諸権限の行使を厚生大臣の裁量に委ねていることは明らかであって、厚生大臣において宇都宮病院の病床数・医師等職員数が法令の基準を下回っていることを認識し得たというだけでは、原告Aの同意入院当時ないしそれに接着する時点において厚生大臣が衛生法三三条の規定する要件を欠く違法な同意入院の具体的蓋然性を認識していたとかあるいは容易にこれを認識し得たということはできない。したがって、原告Aが宇都宮病院に入院した昭和五七年一二月ころまでに厚生大臣において前記の各監督処分権限の行使をしなかったことが著しく不合理であるということはできないから、右権限の不行使は、国家賠償法一条一項の適用上違法の評価を受けるものではない。

② したがって、厚生大臣の権限不行使が違法であることを前提とする原告Aの被告国に対する請求は理由がない。

(2) 立法不作為に基づく責任

①  国会議員の立法不作為が国家賠償法一条一項の適用上違法とされるのは、国の公権力の行使としての国会議員の立法行為(不作為を含む。以下同じ。)が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背したということができる場合であるところ、国会議員が立法に関し個別の国民に対する関係でいかなる法的義務を負うかをみるに、憲法の採用する議会制民主主義のもとにおいては、国会議員は、多様な民意をくみつつ国民全体の福祉の実現を目指して行動することが要請されており、国会における各議員の自由な討論を通してこれを調整し、究極的には多数決原理により統一的な国家意思を形成すべき役割を担うことが予定されているのであって、このように、議会制民主主義のもとで多様な国民の意思・見解を国政に反映させるという国会議員の職責に鑑みれば、立法行為に係る国会議員の行動は、これを議員各自の政治的判断に任せ、その当否は終局的には国民による政治的評価に委ねるのを相当とし、国会議員の立法行為は、本質的には政治的なものとしてその性質上法的規制の対象になじまないものといわなければならない。

そうすると、国会議員は、立法行為に関し、原則として、国民全体に対する関係で政治的責任を負うにとどまり、個別の国民の権利に対応した関係で法的義務を負うものではないというべきであるから、立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法を行うというような、容易に想定し難いような例外的な場合でない限り、国家賠償法一条一項の適用上、違法の評価を受けないものといわなければならない(最高裁判所・昭和六〇年一一月二一日第一小法廷判決民集三九巻七号一五一二頁参照。)。

②  原告Aは、衛生法三三条に同意入院の制度を規定した以上は、適正手続・通信の自由・面会の自由・告知を受ける権利・弁護人依頼権及び裁判を受ける権利を保証するための規定を整備することが憲法上明白に義務づけられている旨主張するけれども、衛生法三三条に規定する同意入院の制度それ自体は、適正手続・通信の自由・弁護人依頼権等原告Aの主張する憲法上の諸権利を制限するものではなく、同条の立法後にその違法な運用によって社会的に問題が生じたというのみでは、原告Aの主張するような内容の立法行為を行わなければ、右同意入院の制度が憲法の一義的な文言に違反しているということはできず、原告Aの主張のような内容の立法行為を行うことが憲法上義務づけられていたものということは到底できない。また、同様に人権規約九条一項及び四項によっても、衛生法三三条の規定する同意入院患者について原告A主張のような内容の立法行為を行うことが右各条文上義務づけられていたものと解することはできない。

③ 以上のとおり、立法不作為による違法に関する原告Aの主張は、採用することができない。

2  亡B1の入院について

(一)  入退院の経緯について

(1) 請求原因(一)(1)(入退院の経緯)①ないし③のうち、亡B1が昭和五六年三月ころから同五八年二月一六日までちとせ寮で生活していたこと、同人が昭和五八年二月一六日に宇都宮病院において入院を要するものとされ、長男B3を保護義務者とする同意入院の形式をとって同日以降宇都宮病院に入院したことの各事実は、原告B2、同B3及び同B4と被告文之進、同報徳会及び同宇都宮市との間では、いずれも各当事者間に争いがなく、被告栃木県及び被告国との間では、被告文之進本人尋問の結果によりこれを認めることができ、亡B1が昭和五八年八月一七日に自ら宇都宮病院を離院したことは、原告B2、同B3及び同B4と被告文之進及び同報徳会との間では、各当事者間に争いがなく、原告B2、同B3及び同B4と被告宇都宮市、同栃木県及び同国との間では、被告文之進本人尋問の結果によりこれを認めることができる。

(2) 右(1)の事実に、〈書証番号略〉及び前掲井上証言、同吉澤証言、亡B1本人尋問の結果(ただし、後記の信用できない部分を除く。)、被告文之進本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば、亡B1が入院に至った経緯について以下の事実を認めることができる。

① 亡B1は、昭和五三年ころから気管支喘息・肺結核等のため病院を転々としたが、病状が回復したため、昭和五六年三月(当時七四歳)、同人の長男であるB3を身元引受人としてちとせ寮に入寮した。

亡B1は、入寮中、しばしば飲酒酩酊しては寮内で大声を出したり、放尿・漏便等の行動がみられ、説得しても飲酒癖は改められなかった。また、亡B1は、飲酒していない時にも口やかましく、寮母らが同人の行状を注意すると反発して怒りだしたり、他の入寮者との間でもトラブルを起こすなどしていた。

② 亡B1は、友人であった原告Aが宇都宮病院に入院した後、一層頻繁に飲酒酩酊するようになり、吉澤寮長及び寮母らが注意しても一向に改善されないため、吉澤寮長は、亡B1をこれ以上ちとせ寮に入寮させておくことが困難であると考え、昭和五八年二月一四日、井上ケースワーカーにその旨伝えて、亡B1を同病院で診察した上必要があれば入院させてほしいと依頼した。

③ 井上ケースワーカーは、吉澤寮長からの右依頼に応じて亡B1を収容するため、昭和五八年二月一六日、宇都宮病院の男性の看護職員二名とともにちとせ寮を訪れた。吉澤寮長は亡B1には事前に何も知らせず、井上ケースワーカーらが亡B1を収容する際にも、寮長以下寮職員らは立ち会わなかった。

④ 井上ケースワーカーは、亡B1の部屋に入るなり室内で座っていた同人に対し、これから病院で医師の診断を受けて必要があれば入院してもらう旨告げたところ、亡B1は、「下野新聞の某をここに連れて来なければ行かない。」とか「寮長の差し金で来たんだろう。」等と言い、立ち上がって部屋の奥にある窓の方へ行こうとした。そこで、井上ケースワーカーらは、亡B1が窓から飛び下りて逃げようとしているものと考え、駆け寄って三人がかりで亡B1を取り押さえた上、看護職員ら二名が両脇から亡B1の腕をつかみ井上ケースワーカーが背中を押す恰好で、抵抗する亡B1をちとせ寮の玄関まで連れていき車に乗せた。亡B1は、車内でも暴れて座席を蹴るなどしたため、看護職員らは、亡B1の手に手錠をかけ、そのまま宇都宮病院に到着した。

⑤ 亡B1は、宇都宮病院の診察室内で手錠を外された後、同病院の精神科医である平畑医師の診察を受けた。平畑医師は、既に井上ケースワーカーを通じて亡B1のちとせ寮における行動・飲酒歴等について報告を受けていたが、実際に亡B1を診察し、同人のるい痩状態(甚だしく痩せている様子)及び口達者である等の身体状況を観察した結果、アルコール中毒症及びエトバス・マニッシュ(ほぼ躁状態。躁病であるか、精神病質の軽躁者のいずれかであることを示す。)との暫定診断を下し、入院が必要であるとして、同日以降、同意入院の形式をとって亡B1を宇都宮病院に入院させることとした。

以上の事実が認められる。亡B1本人尋問の結果のうち、右認定に反する部分は、反対趣旨の前掲各証拠に照らし、採用することができない。

(二)  入院前における身体拘束の違法性について

右(一)(2)④認定のとおり、井上ケースワーカーらは、まだ医師による診察も受けておらず精神障害及び入院の必要性の有無も明らかでない段階で、同行の意思がないことが明らかな亡B1を三人がかりで取り押さえて拘束し、手錠をかけて宇都宮病院まで連行したものであって、また、前記認定事実によれば、亡B1についてこれを放置すれば自己又は他人の生命、身体、財産を害する具体的危険がある等、行動の制止又は身体の拘束を正当とする事情も認められないので、右拘束は亡B1に対する不法行為を構成するものといわなければならない。被告文之進及び同報徳会は、亡B1に対する身体の拘束は、医師の診察に付随する行為として適法である旨主張するけれども、医師による診察を受ける以前には、精神障害および入院の必要性の有無等衛生法三三条の規定する要件を満たしているか否かは明らかでないのであるから、この段階における身体の拘束を同条に基づくものとして正当化することができないことはいうまでもなく、他に、本件において医師による診察に先立つ身体拘束を適法と解すべき理由はないから、右被告らの主張は、採用することができない。

(三)  精神障害者の診断について

右(一)認定の事実を前提に、亡B1が精神障害者に該当したか否かについて検討する。

(1) 亡B1は、ちとせ寮内において頻繁に飲酒して、平畑医師による診察の時点ではるい痩・漏便等アルコール中毒症の身体症状とも考えられる症状を呈しており、他方、性格的な問題から寮母ら及び他の入寮者等周囲の環境と摩擦を生じる状況にあったものであり、診察にあたった平畑医師は、右のような入寮中の亡B1の行動、同人の現実の身体状況等を把握した上で、アルコール中毒症及びエトバス・マニッシュと診断して入院が必要と判断したものであり、精神科医としての同医師の判断に疑念を生ぜしめるような事情は見当たらない。それに加えて、〈書証番号略〉によれば、亡B1は、ちとせ寮入寮中の健康診断で自律神経失調症と診断されていること、同じく入寮中の昭和五六年五月一五日の時点で梅毒が陽性であったことの各事実が認められ、前掲被告文之進本人尋問の結果によれば、自律神経失調症はその原因として何らかの神経症の存在を疑わせるものであり、また、梅毒性精神病に罹患するとその症状の一つとして躁病様の状態が現れること、被告文之進は、亡B1の入院後に同人を診察した際、前記のようなちとせ寮における同人の行動、身体状況等に加えて右のような事実を総合した上で自らもアルコール中毒症及び精神病質として入院治療が必要との診断を下したことの各事実が認められるのであって、被告文之進の右判断も合理的な根拠に基づくものと認められる。

(2) これらの事実からすれば、亡B1は、宇都宮病院に入院した当時、衛生法三条に規定する精神障害者に該当し、さらに、前記(一)認定のような亡B1のちとせ寮内における言動等に鑑みると、同人には自己が精神障害者であることの認識がなく、医療の必要性等について適切な判断を下すことができない状態にあったものと認められ、医療及び保護のため入院が必要であったことが推認されるから、亡B1については同意入院の実体的な要件を満たしていたものということができる。

(四)  同意手続の違法性について

(1) 〈書証番号略〉及び前掲吉澤証言及び亡B1本人尋問の結果(ただし、後記の信用できない部分を除く。)並びに弁論の全趣旨によれば、亡B1の入院の際の同意手続きについて、以下の事実が認められる。

① 亡B1には、入院当時、配偶者及びB3を含めて三人の子供がいたが、配偶者は昭和四〇年以降失踪して行方がわからず、他に、四人の兄弟姉妹がいた。

② 亡B1の入院当日である昭和五八年二月一六日、井上ケースワーカーは、吉澤寮長に対し、電話で、亡B1について入院が必要と診断されたこと及び同日以降同人を同意入院させることを告げた。

③ 吉澤寮長は、B3が亡B1の身元引受人となっていたことから、衛生法三三条に規定する保護義務者はB3であるものと考え、その同意を得るため同人宅に電話したが、電話を受けた同人の妻から、B3は仕事の関係で当分帰宅しない旨告げられ、結局、同年三月ころまで同人と連絡をとることができなかった。

④ B3は、妻を通じて亡B1の入院が決まったとの話を聞き、仕事から帰宅した後の同年三月二三日、入院に同意を与えるためちとせ寮を訪れ、そのまま吉澤寮長とともに宇都宮病院へ行って入院同意書を作成した。B3は、亡B1の長男であったが、右同意の当時、家庭裁判所から保護義務を行うべき者の選任を受けておらず、その後も現在に至るまで右の選任を受けていない。

以上の事実が認められる。亡B1本人尋問の結果のうち、右認定に反する部分は、反対趣旨の前掲各証拠に照らし、採用することができない。なお、〈書証番号略〉の精神病院入院同意書の日付は昭和五八年二月一六日と記載されているが、宇都宮病院の診療録である〈書証番号略〉によれば入院同意書を作成したのは同年三月二三日であることが認められるから、右入院同意書の記載は、単に日付を入院当日に遡らせて作成したものに過ぎず、前記認定を左右するものではない。他に、前記認定に反する証拠は存在しない。

(2) 右(1)認定の事実を前提に、亡B1の入院の際における同意手続の違法性について検討する。

右(1)①認定のとおり、入院当時、亡B1には、配偶者、B3を含む三人の子供及び兄弟姉妹がいたが、行方の知れない配偶者は保護義務者となることができないから(衛生法二〇条一項一号)、結局、扶養義務者である三人の子供及び兄弟姉妹が亡B1の保護義務者ということになる(同条一項)が、扶養義務者が数名いる場合には、その中から家庭裁判所が選任した者が保護義務を行うべきであり(同条二項四号)、保護義務の所在を明らかにし、精神障害者の利益のために適任者を選定しようとする右規定の趣旨からすれば、家庭裁判所が保護義務を行うべき者の選任をする前には、いずれの扶養義務者も保護義務者として入院の同意をすることはできないものと解される。

本件では、B3は、亡B1の扶養義務者ではあったが、他にも扶養義務者が存在しており、家庭裁判所による選任を受けていなかったというのであるから、B3は、亡B1の保護義務者としてその入院に対する同意を与える権限を有していなかったものであり、B3を保護義務者とする亡B1の同意入院は、手続的に違法なものであったといわざるを得ない。

(五)  被告文之進の責任について

(1) 前掲井上証言及び被告文之進本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、昭和五八年当時、宇都宮病院から精神障害者の疑いのある患者を迎えに行った際に患者が任意に同行に応じない場合には、看護職員らがその身体を拘束して強制的に同病院に連行することが稀ではなく、当時宇都宮病院の管理者であった被告文之進自身も、明示ないし黙示的に承認して職員らに右のような行為を行わせていたことが認められるから、被告文之進は、右(二)記載の医師の診察以前における違法な身体の拘束によって亡B1が被った損害を賠償する責任がある。

(2) 亡B1の入院当時、被告文之進が宇都宮病院の管理者であったことは、原告B2、同B3及び同B4、被告文之進及び同報徳会の間で争いがなく、前記1(四)判示のとおり、病院管理者が患者を同意入院させるにあたっては、保護義務者による適法な同意の有無についても確認すべき注意義務があると解すべきところ、前掲被告文之進本人尋問の結果によれば、B3が家庭裁判所による保護義務を行うべき者としての選任を受けているかどうかについて一切確認しなかったことが認められるのであるから、被告文之進は、亡B1が保護義務者による適法な同意のないまま違法に身体を拘束されたことによって被った損害を賠償する責任がある。

(六)  被告報徳会の責任について

被告文之進が被告報徳会の理事として宇都宮病院を管理運営するにあたり亡B1を同病院に入院させたものであることは、原告B2、同B3及び同B4及び被告報徳会の間で争いがない。

したがって、被告報徳会は、医療法六八条、民法四四条一項に基づき、亡B1が違法に身体を拘束されたことによって被った損害を賠償する責任がある。

(七)  被告宇都宮市の責任について

(1) 吉澤寮長は、亡B1の入院当時、ちとせ寮の管理者として同寮を管理運営するにあたり、前記(一)(2)認定のとおり、亡B1の在寮が困難であるとの判断から、井上ケースワーカーに対して、亡B1の診断とその後の措置を依頼したが、亡B1を宇都宮病院へ連行することについては、その職務の担当者である宇都宮病院の看護職員に一任していたものにすぎず、更に進んで亡B1の入院前における違法な身体の拘束に加担したものということはできない。

(2) 原告B2、同B3及び同B4は、さらに、吉澤寮長は、亡B1に同意入院の要件が存しないことを認識しながらあえて、同人を厄介払いするため同意入院名下で入院させたものである旨主張するけれども、亡B1が宇都宮病院において医師の診断を受けて以降の同意入院については、本件全証拠によるも、吉澤寮長において右同意入院が違法であることを認識しながらあえて亡B1の入院を継続させた事実を認めることができない。

(八)  亡B1の損害

(1) 亡B1は、医師の診察を受ける以前に違法に身体を拘束され、その後、保護義務者による適法な同意のないまま、昭和五八年二月一六日から同年八月一八日まで入院を強制させられたものであるが、他方、精神障害者の医療及び保護という本人の利益のために入院の必要性は客観的に存在していたものであって、右の入院についてもB3が家庭裁判所から保護義務を行うべき者の選任を受けていなかったという専ら手続的な違法が存するにとどまることを考慮すると、亡B1が右のような違法な身体の拘束によって被った精神的苦痛を慰謝するに足りる賠償額は、金五〇万円をもって相当とする。

(2) 本件事案の難易度、認容額その他本訴訟に現れた諸般の事情を考慮すると、被告文之進、被告報徳会の本件不法行為と相当因果関係のある弁護士費用額としては、金一〇万円が相当である。

(3) 亡B1が昭和六〇年八月三〇日に死亡したこと並びに原告B2が亡B1の妻であり、原告B3及び同B4が亡B1の子であることの各事実は、弁論の全趣旨によりこれを認めることができ、したがって、原告B2、同B3及び同B4は、法定の相続割合に従ってそれぞれ二分の一、四分の一、四分の一の割合で亡B1の損害賠償請求権を相続したものである。

(九)  被告栃木県の責任について

前記1(八)判示のとおり、この点についての原告B2、同B3及び同B4の主張は、いずれも理由がない。

(一〇)  被告国の責任について

(1) 厚生大臣の権限不行使に基づく責任

前記1(九)判示のとおり、この点についての原告B2、同B3及び同B4の主張は理由がない。

(2) 立法不作為に基づく責任

前記1(九)判示のとおり、この点についての原告B2、同B3及び同B4の主張は理由がない。

(3) ちとせ寮管理者の行為による責任

前記1(六)(2)判示のとおり、養護老人ホームの管理運営に関する事務は、当該地方公共団体の公権力の行使にほかならず、被告国の公権力の行使ということはできないから、被告国は、吉澤寮長の違法行為について国家賠償法一条一項に基づく責任を負うものではない。したがって、この点についての原告B2、同B3及び同B4の主張は理由がない。

3  原告Cの入院について

(一)  入退院の経緯について

(1) 原告Cが昭和四六年八月一〇日以降宇都宮病院に入院したこと及び昭和五九年九月一五日に同病院を退院したことの各事実は、原告Cと被告文之進及び同報徳会との間では、いずれも各当事者間に争いがなく、原告Cと被告栃木県及び被告国との間では、原告C本人尋問の結果によりこれを認めることができる。

(2) 右(1)の事実に、〈書証番号略〉及び原告C本人尋問の結果、被告文之進本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば、原告Cの入退院の経緯について以下の事実を認めることができる。

① 原告Cは、昭和一二年ころに小学校を卒業した後、実家を出て、土木・建築等の仕事をしながら全国を転々としたが、昭和三八年ころから横浜に居住して内縁の妻と共に生活するようになった。

② 原告Cは、先天性白内障のため視力が弱かったほか、小学校を卒業してまもなく飲酒を始め、二〇歳前後ころから日に一升程度の焼酎を飲むようになり、飲酒を中断すると手等に振戦がみられた。

③ 昭和四三年ころ、原告Cは、全身の振戦が激しくなり仕事ができない状態になったため、横浜市中区の福祉事務所に対して病院を紹介してくれるよう相談したところ、横浜市内の日野病院を紹介され、同病院で診察を受けた後、アルコール中毒症として同病院に入院することとなった。入院後約八か月経過した昭和四四年ころ、原告Cは、一応身体症状が改善したため同病院を退院した。原告Cは、退院後再び飲酒を始め、退院から一、二年たった昭和四六年ころ、再度全身に振戦がみられるようになり、救急車で横浜市内の野村外科病院に運ばれて数日間入院したが、同病院は精神科ではなくアルコール中毒症等に対処し得ないとの理由で間もなく退院した。

④ 原告Cは、野村外科病院を退院して一か月ほどたった昭和四六年八月ころから黄疸症状があらわれ、歩行が困難で大小便を失禁するようになったため、同月九日、内縁の妻が原告Cの意向を受けて横浜市中区の福祉事務所を訪れ、病院を紹介してくれるよう依頼した。宇都宮病院では、同日、福祉事務所からの連絡で、原告Cの症状等について説明を受けるとともに、横浜市内には入院させてくれる適当な精神病院がないので宇都宮病院に入院させて治療してほしい旨の依頼を受けた。そこで、その翌朝、宇都宮病院から女性一名と男性二名が原告C宅を訪れ、同人を救急車に乗せて宇都宮病院まで連れていった。

原告Cは、当初、病院名を知らされておらず、横浜市内の病院に運ばれるものと思っていたが、どこの病院であってもとにかく身体がよくなればよいと考えていたので、到着先が宇都宮病院であることを知っても特に異議を述べることはなかった。

⑤ 原告Cは、宇都宮病院に到着後すぐに、内科病棟に運ばれ、内科医である滝沢医師の診察を受けた後、同日中に、被告文之進による診察を受けた。その際、原告Cは、歩行困難で肝機能障害により全身に激しい黄疸症状がみられ、大小便の失禁等によって全身汚染状態であり、意識障害がみられた。被告文之進は、右のような身体症状及び原告Cの従前の生活・飲酒歴及び入院歴等から、肝硬変を合併症とするアルコール中毒症及び精神病質と判断したが、さしあたっては内科的症状を改善する必要があるものと考え、原告Cを内科病棟に入院させることとした。

⑥ 原告Cは、入院後約六か月間、内科病棟内で肝臓機能障害等に対する治療を受け、昭和四六年九月ころには黄疸はほぼ消失し、昭和四七年一二月一日の肝機能検査ではほぼ正常との結果が出た。原告Cは、昭和四七年一月二〇日、宇都宮病院の精神科病棟に移され、精神運動の興奮を抑制するため精神薬の投与を受けるなど、肝機能障害の治療と併せて精神症状の改善を目的とする治療を主として受けるようになった。

⑦ 原告Cは、以前に日野病院の精神科に入院したこともあり、宇都宮病院で内科から精神科に移された際も特に抵抗を感じたり疑問を持ったりすることなくこれに応じた。しかし、原告Cとしては、日野病院に入院した際には八か月程度で退院できたことから、今回も数ヵ月で退院できるものと考えており、入院後約四か月経過した昭和四六年一二月ころから、被告文之進らに対し、早く退院させて欲しい旨訴えるようになった。昭和四七年三月ころには、原告Cは、「あとどのくらいで退院できるか。」と尋ね、これに対して被告文之進があと六か月と告げたところ、原告Cは、「あっそうですか。」と答え、その後もしばしば「退院の話はどうなっていますか。」などと質問したりしていた。被告文之進は、同年五月一二日、原告Cに対し、「今年いっぱいぐらいで退院するから。」と告げ、さらに、同年一二月には同原告から帰宅の希望が表明されたが、これに応ずることなく昭和四八年一一月ころには「来年四月に退院させる予定」である旨告げて、原告C自身のそのつもりでいたが、その後、何度尋ねても、被告文之進は、「もうちょっと。」とか「あと一年くらい。」等と言うのみで原告Cを退院させる手続をとろうとせず、原告Cは、いくつかの病棟を転々としながら、結局、昭和五九年九月一五日まで入院を継続することとなった。原告Cは、鍵のかかっていない病棟に入れられていることがほとんどであり、被告文之進の許可を得て一人で外出したり、稀には外泊したりすることもあったが、逃亡すれば警察等を使って捜し出されるものと思い込んでいたため、逃亡しようとすることはなかった。

⑧ 昭和五九年八月三日、栃木県知事が衛生法三七条に基づいて実地審査を行った結果、原告Cは、医療不要と判定され、同年九月一五日、宇都宮病院を退院した。

以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

(二)  原告Cの入院の違法性について

(1) 右(一)(2)認定のとおり、原告Cは、昭和四六年八月当時、黄疸症状等身体に異常を感じ、自らの意思で福祉事務所に病院の紹介を依頼しており、他方、宇都宮病院では、福祉事務所からの依頼を受けて原告C宅を訪れ、同人を入院させたものであるから、結局、宇都宮病院に入院して治療を受けることは原告Cの自由意思に基づくものというべきである。原告Cは、福祉事務所に対する依頼の時点では横浜市内の病院に入院することを念頭に置いていたものではあっても、特にそれにこだわる意思はなく、身体を直してくれればそれでよいと考えていたことは前記認定のとおりであるから、入院先が宇都宮病院であったからといって原告Cの入院が同人の意に反するものであったということはできず、したがって、原告Cは、自らの意思で宇都宮病院に入院したものであるから、この時点では、同意入院の要件の有無について検討するまでもなく、右入院が違法である旨の原告Cの主張は理由がない。

なお、被告文之進は、その本人尋問において、原告Cの入院は同意入院である旨供述しているけれども、弁論の全趣旨によれば、右供述の趣旨は、同意入院としての要件も充足していたと述べているものに過ぎず、原告Cの入院が自由意思に基づくことを否定する趣旨ではないと解されるから、右供述があっても前記認定を左右するには至らない。

(2) しかしながら、前記(一)(2)認定のとおり、原告Cは、昭和四六年一二月ころから、しきりに早く退院させてくれるよう訴えており、昭和四七年三月又は五月には、被告文之進から、約半年後には退院できる旨告げられてこれに応じる意思を示していたことが認められるのであるから、遅くとも昭和四八年一月一日以降の入院は、本人の意思に反するものというほかなく、同意入院としての要件を充足しないかぎり違法であるといわなければならない。

そこで、原告Cが衛生法三条の規定する精神障害者であったか否かについて検討するに、同人が入院した当初においては、肝機能障害による黄疸等の身体症状、従前の飲酒・生活歴、入院歴等から総合してアルコール中毒症及び精神病質の疑いが存在したものであるとしても、前記認定のとおり、昭和四七年五月ころには、被告文之進自身が同年いっぱいくらいを退院のめどと判断しているのであって、その後に原告Cの精神状態が特に悪化したことを示す事情も認められないことに加え、昭和五九年八月三日の栃木県知事による実地審査で医療不要と判定されていることをも考慮すれば、おそくとも昭和四七年一二月末日において、原告Cは入院治療を必要とするような精神障害者に該当しなかったと推認することができる。

したがって、昭和四八年一月一日以降の原告Cの入院は、同意入院の要件を満たさない違法な入院であったというべきである。

(三)  被告文之進の責任について

原告Cの入院当時、被告文之進が宇都宮病院の管理者であったことは、原告Cと被告文之進及び同報徳会の間で争いがなく、病院管理者として、患者をその意に反して同意入院させるにあたっては、衛生法三三条の規定する要件を充足しているか否かをその責任において判断すべき義務があるところ、被告文之進は、昭和四八年一月以降、原告Cが入院治療を必要とする精神障害者でないにもかかわらず、右事実を認識しながら同人の意に反してその身体を拘束しつづけたものであるから、同月以降原告Cが違法に身体を拘束されたことによって被った損害を賠償する責任がある。

なお、被告文之進は、原告Cには退院しても生計をたてる見込がついていなかったものである旨主張するけれども、前記判示のとおり、原告Cは、昭和四八年一月一日には精神障害者に該当せず、自分の生活態様等を自ら判断選択することは可能だったのであるから、同人が退院を希望する以上、病院の側でこれを拒絶する理由はないものというべきであり、被告文之進の右主張は、採用することができない。

(四)  被告報徳会の責任について

被告文之進が、被告報徳会の理事として宇都宮病院を管理運営するにあたり原告Cを同病院に入院させたことは、原告Cと被告報徳会の間で争いがなく、したがって、被告報徳会は、医療法六八条、民法四四条一項に基づき、原告Cが違法に入院を継続させられたことによって被った損害を賠償する責任がある。

(五)  原告Cの損害について

(1) 原告Cは、昭和四八年一月一日以降昭和五九年九月一五日まで、その意に反して違法に身体を拘束されたものであるが、右入院期間に加えて前記のような入院の経緯、宇都宮病院内における拘束の程度その他本件訴訟に現れた一切の事情に鑑みると、これによって原告Cが被った損害を慰謝するための賠償額としては、金三〇〇万円が相当である。

(2) 本件事案の難易度、認容額その他本訴訟に現れた諸般の事情を考慮すると、本件不法行為と相当因果関係のある弁護士費用額としては、金四〇万円が相当である。

(六)  被告栃木県の責任について

前記1(八)判示のとおり、この点についての原告Cの主張は、いずれも理由がない。

(七)  被告国の責任について

前記1(九)判示のとおり、この点についての原告Cの主張は、いずれも理由がない。

4  結語

よって、原告Aの請求は、被告文之進、同報徳会及び同宇都宮市各自に対し、不法行為に基づく損害賠償として金二七五万円及び内金二五〇万円に対する昭和五九年九月二五日(原告Aに対する継続的な拘束状態としての不法行為が終了し、原告Aの損害額が確定した日)から、内金二五万円に対する本件不法行為成立の後である昭和六〇年六月二五日から、それぞれ民法所定の年五分の遅延損害金を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、原告B2の請求は、不法行為に基づく損害賠償として、被告文之進及び同報徳会各自に対して金三〇万円及び右被告ら各自に対して内金二五万円に対する昭和五八年八月一七日(一連の身体拘束による不法行為が終了し、亡B1の損害が確定した日)から、内金五万円に対する本件不法行為成立の後である昭和六〇年六月二五日から、それぞれ民法所定の年五分の遅延損害金を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、原告B3及び同B4の請求は、不法行為に基づく損害賠償として、それぞれ、被告文之進及び同報徳会各自に対して金一五万円及び右被告ら各自に対して内金一二万五〇〇〇円に対する昭和五八年八月一七日から、内金二万五〇〇〇円に対する昭和六〇年六月二五日から、それぞれ民法所定の年五分の遅延損害金を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、原告Cの請求は、被告文之進及び同報徳会各自に対し、不法行為に基づく損害賠償として金三三〇万円及び内金三〇〇万円に対する昭和五九年九月一五日(原告Cに対する継続的な拘束状態としての不法行為が終了し、原告Cの損害額が確定した日)から、内金三〇万円に対する本件不法行為成立の後である昭和六〇年六月二五日から、それぞれ民法所定の年五分の遅延損害金を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文及び九三条一項ただし書を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文第一項ないし第七項、第九項及び第一〇項のとおり判決する。

二乙事件

1  入退院の経緯について

(一)  請求原因(一)(入退院の経緯及び作業状況)(1)ないし(3)のうち、原告が昭和四七年四月二五日に宇都宮病院に入院したことは、原告と被告文之進及び同報徳会との間で争いがなく、原告と被告正子、同邦文、同俊郎、同秋十、同くみ子、同栃木県及び同国との間では、原告及び被告文之進各本人尋問の結果によりこれを認めることができる。

(二)  右(一)の事実に、〈書証番号略〉及び原告本人尋問の結果、被告文之進本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、原告の入退院の経緯について、以下の事実が認められる。

(1) 原告は、宇都宮病院に入院する以前である昭和四〇年九月ころ、四日市市にある訴外日永病院でノイローゼとの診断を受け、同月三日から昭和四一年四月ころまで及び昭和四二年三月二六日から同年四月二五日までの二回にわたり、同病院に入院して治療を受けた。

(2) 原告は、栃木県に帰郷して休養するとの理由で昭和四二年四月二五日に日永病院を退院した後、同月二七日、宇都宮病院を訪れて平畑医師、訴外村田医師及び被告文之進の診察を受けた。その結果、被告文之進らは、原告に関係妄想・被害妄想・自我障害・離人体験等の症状がみられたことから、精神分裂病の一種である破瓜病と診断し、原告の了解を得て、同日以降同人を宇都宮病院に入院させることとした。

入院後、宇都宮病院では、村田医師が主治医として、原告に対し、精神薬の投与等による治療を行い、原告は、昭和四二年八月四日、寛解状態となって同病院を退院した。

(3) 原告は、宇都宮病院を退院した後、以前勤務していた会社に再度就職したが、昭和四三年七月ころ、再度幻聴・体感幻覚・作為体験等の症状があらわれ、同月一一日、母親に連れられて宇都宮病院を訪れた。原告は、同病院で平畑医師及び被告文之進の診察を受けた結果、精神分裂病と診断され、同日以降再度宇都宮病院に入院し、平畑医師が主治医となって精神薬投与等の治療を行った結果、昭和四四年一月二二日、寛解状態となって退院した。

(4) 原告は、昭和四四年に宇都宮病院を退院して後、電気技術者の国家試験に合格し、昭和四五年に財団法人関東電気保安協会に就職した後、昭和四六年九月にはD電気設計事務所を設立したが、昭和四七年四月ころ、頭の中に誰かの話し声が聞こえたり、物が触れるような音がするなどの症状がみられ、平畑医師が夜間開業していた西川田診療所に、原告の婚約者であった女性から、原告の様子がおかしいので診てほしい旨の連絡があった。原告は、同月一七日、母親及び婚約者とともに西川田診療所を訪れて平畑医師の診察を受けた。その際、原告は、平畑医師に対し、「電波が入る。」、「母の白髪が増えておかしい。」とか「婚約者との仲を母に壊される。」等と述べた。平畑医師は、当日はそのまま原告を帰宅させたが、被告文之進に対し、原告に幻覚妄想・作為体験・緊張病様になっているのでまた入院が必要である旨告げた。

(5) 原告は、平畑医師の診察を受けた数日後、再度平畑医師の診察を受けようと考え、金銭を所持しないままタクシーに乗って同医師の日中の勤務先である宇都宮病院を訪れた。被告文之進は、病院の玄関先で原告の姿をみつけ、以前に平畑医師から原告の病状について聞いていた話や原告の不安げで落ちつかない様子をみて、同人に近づき、すぐに入院するよう説得しようとしたが、原告は、慌てた様子でタクシーに乗り込み、走り去った。

(6) 原告が宇都宮病院を訪れた当日もしくは数日後である昭和四七年四月二五日、原告は、宇都宮警察署に同行を求められ、同署に赴いたところ、同署から連絡を受けた宇都宮病院の看護士が原告を迎えに訪れ、同人を車に乗せて宇都宮病院に連れていった。同日午後一一時ころ、宇都宮病院に到着したが、原告は、大暴れして抵抗したため、いったん保護室に収容され、同日以降、同意入院の形式で宇都宮病院に入院した(以下「本件入院」という。)。

(7) 被告文之進は、本件入院中、同人の弟である亡裕郎が経営していた報徳産業等に原告を派遣し、作業療法と称して同社の農場や冷凍庫における搬入作業等に従事させた。被告文之進は、昭和四八年九月末ころ、D2との話し合いの上、宇都宮病院を退院した後は原告を報徳産業に就職させることとした。原告は、被告文之進及び亡裕郎からその話を聞かされた際、電気関係の仕事に就きたいとの希望を述べたが、報徳産業に就職するのでなければ退院させないと言われてやむなく承諾した。被告文之進及び亡裕郎は、同年一〇月以降、原告を報徳産業の準職員として同社に住み込みで作業に従事させるようになった。

(8) 原告は、昭和四八年一二月二八日に宇都宮病院から退院したが、引き続き、報徳産業の事務所の二階にある宿舎に住み込みで冷凍庫での搬入作業等に従事した。原告が報徳産業で作業に従事していた三か月間、同人の給与として月額金一万円が報徳産業から郵便局に振り込まれていたが、印鑑等は報徳産業側で管理しており、原告が自由に引き出すことはできなかった。また、宿舎の一階にある事務所内には、報徳産業の職員がいて原告らを監視しており、許可を得なければ自由に外出することを許されなかった。原告は、昭和四八年末ころには、許可を得て母親の住む実家に一時帰郷し、その際、帰省費用として給与のうちから金五〇〇〇円を払い出してもらった。原告は、その後、いったん報徳産業に戻って再び作業に従事したが、作業を拡張する計画を聞かされたことと、帰省した際にもらった所持金がまだ残っていたことから、宿舎を脱出することを考えるようになり、昭和四九年一月一四日の午前四時ころ、監視の目を盗んで宿舎を抜け出した。

(9) 原告は、報徳産業の宿舎を抜け出した後、そのまま上野に行き、入院以前に資格を取っていた電気関係の求人先に応募して就職を決めた。その後、原告は、数か所の職場を転々として、昭和五二年には自分で電気管理事務所を設立した。

以上の事実が認められる。原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は、反対趣旨の前掲各証拠に照らし、信用することができない。

2  本件入院の違法性について

(一)  精神障害の存否について

前記1認定のとおり、原告は、従前からノイローゼ、精神分裂病等によって入退院を繰り返していたが、本件入院の約1週間前から幻聴・被害妄想等の症状が再発しており、被告文之進は、原告の従前の病歴・平畑医師からの報告及びタクシーで宇都宮病院を訪れた際の原告の言動等から、精神分裂病が再発して医療のため入院が必要な状態にあると判断したものであり、また、〈書証番号略〉及び同被告文之進本人尋問の結果によれば、原告は、本件入院の数日後に被告文之進が診察した際にも、「リモコンで操作される、幻の声が聞こえる。」等述べ、幻覚・妄想・作為体験・自我障害など精神分裂病の症状を示していたことが認められるのであって、右各事実からすれば、本件入院当時、原告は、精神障害者に該当し医療及び保護のため入院の必要があったものと推認することができる。

(二)  保護義務者による同意について

前掲原告本人尋問の結果によれば、本件入院の後、原告の母であるD2が家庭裁判所で原告の保護義務を行うべき者に選任された事実は認められるけれども、D2が原告の本件入院に保護義務者として同意を与えたとの事実は、これを認めるに足りる証拠がなく、かえって、同尋問の結果によれば、原告は、宇都宮病院を退院後、D2から、本件入院に同意したことはない旨聞いたことが認められ、また、前掲被告文之進本人尋問の結果によれば、被告文之進自身は、原告について保護義務者による同意の有無を確認したことはない事実が認められるのであって、右各事実によれば、D2が保護義務者として本件入院に同意を与えたことはないものと推認されるばかりか、前記1認定の経緯に照らせば、そもそも、宇都宮病院と原告本人又はD2その他の第三者からの入院の申込み自体が存在しなかったことが推認される。

(三)  右(二)認定のとおり、本件入院については、入院契約の外形も保護義務者による適法な同意の存在も認めることができないから、原告の本件入院は、衛生法三三条規定の要件を欠いており違法である。

3  被告文之進の責任について

前記判示のとおり、病院管理者は、患者を実際に入院させるにあたり、保護義務者による適法な同意の存在を確認すべき注意義務を負っているものと解すべきところ、右2(二)認定のとおり、被告文之進は、本件入院に際し、保護義務者による同意の有無を一切確認していないのであるから、被告文之進は、本件入院について保護義務者による同意がないことを認識していたか、又は認識していなかったとしてもその点にっいて過失がある。

4  亡裕郎の責任について

亡裕郎は、報徳産業の経営者として、昭和四八年一〇月から昭和四九年一月一四日までの間、原告をその意に反して同社の宿舎に拘束し、同社の作業に従事させたものであって、右拘束が原告の意に反するものであることを認識していたか、又は認識しなかったことについて過失があるというべきである。

5  消滅時効について

(一)  原告に損害賠償請求権が発生しているとしても、被告文之進及び被告報徳会は、原告が宇都宮病院を退院した昭和四七年一二月二八日から、被告正子、同邦文、同俊郎、同秋十及び同くみ子は、原告が報徳産業を退所した昭和四九年一月一四日から、それぞれ三年の経過により消滅時効が完成している旨主張し、右被告らは、いずれも、本訴において右時効を援用するので、右主張について判断する。

(1)①  消滅時効の起算点について、民法七二四条が「損害及び加害者を知ったとき」と定めたのは、通常、その時から損害賠償請求権の行使を合理的に期待しうるからであると解されるから、被害者において、単に損害及び加害者を知るだけでなく、当該加害行為が違法であることも認識する必要があるといわなければならない。もっとも、この場合の違法性の認識は、法的評価を伴うものではあるが、法が短期の消滅時効を定めて不法行為の加害者を法的に不安定な立場から早期に解放しようとした趣旨をも考慮すれば、一般人において当該行為が違法であると評価するに足りる基礎的な事実を認識しさえすれば違法性の認識があったものというべきである。

②  そこで、この見地に立って、まず、被告文之進による加害行為について検討するに、本件では、被告文之進の管理運営する宇都宮病院が原告の意に反してその身体を拘束したのであるが、強制処分等の公権的な手続きによる場合と異なり、一私人に過ぎない病院が患者の意に反してその身体を拘束することは本来それ自体違法な行為であり、衛生法所定の要件を具備した場合にのみ例外的に適法とされるに過ぎないものである(もっとも、前記認定のとおり、そもそも本件は入院契約の外形すら存在しない事案であって、同条所定の要件の有無を問題とするまでもない。)から、原告は、本件入院に際し、その意に反して身体を拘束されたことを認識していた以上、一般人であれば当該行為が違法であると判断するに足りる基礎的事実を認識していたものということができる。

さらに、前記認定の諸事実に照らせば、原告において遅くとも宇都宮病院を退院した昭和四八年一二月ころには被告文之進が被告報徳会の事業の執行として宇都宮病院の管理運営にあたっていたことを充分認識していたものと認められる。

③  次に、亡裕郎による加害行為についてみるに、私人による意に反する拘禁及び労働強制が違法であることはいうまでもなく、これを正当化する根拠は存しないのであるから、原告において右の事実を認識している以上、同様に、一般人において当該行為が違法であると評価するに足りる基礎的事実を認識したものということができる。

さらに、前記認定の諸事実に照らせば、原告において遅くとも報徳産業を脱出した昭和四九年一月ころには、報徳産業の宿舎における拘禁について亡裕郎に責任があることを認識していたものと認められる。

(二) 以上のとおりであるから、被告文之進及び同報徳会に対する関係でも、亡裕郎に対する関係でも、原告は、遅くとも報徳産業から脱出した昭和四九年一月一四日までには、損害及び加害者の認識があったものというべきである。

(三)  原告は、被告文之進、同報徳会並びに同正子、同邦文、同俊郎、同秋十及び同くみ子による消滅時効の援用が権利の濫用であり、許されないと主張するけれども、前記認定事実のほか、本件全証拠を検討してみても、権利濫用に該当すると目すべき事情を肯認することはできない。

6  被告栃木県の責任について

甲事件1(八)判示のとおり、この点に関する原告の主張は理由がない。

7  被告国の責任について

甲事件1(九)判示のとおり、この点に関する原告の主張は理由がない。

8  結語

以上の次第で、原告の本訴請求は、いずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官富越和厚 裁判官天野登喜治 裁判官増森珠美は、転補のため署名捺印することができない。裁判長裁判官富越和厚)

別紙書証認否一覧表〈省略〉

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